さよならの記憶写真館

 あの日、私は逃げ出した。
 学生鞄を抱え、無心で美術室から飛び出していた。
 もう、誰も追いかけてこないで!
 もう、放っておいて!
 ……どうせ、私のことなんか誰も信じてないでしょう!
 溜め込んだ言葉全てを飲み込んで、張り裂けそうな心臓を抱えて、ヒリヒリと痛む目と喉にひたすら耐えて、ただ走り続けた。

 行き着いたのはあの祠で、いつもと同じく優しく私を迎えいれてくれた。
 祠を守る猫の像にいつも通り目を配らせ、指定席にそっと座る。
 ……どうして、こうなっちゃったのかな?
 脳内はグラングランと常に揺れているように激しいめまいがして、胃がキリキリとして吐きそうなぐらい気持ち悪くて、息なんてもう止まってしまいそうで。
 弱い私は一歩も動けず、膝を抱えて目を閉じるしかなかった。

 プルルルル、プルルルル。
 少し落ち着いていた心臓がまたビクンッと跳ね、はぁはぁと息が漏れる。
 震える手で鞄から携帯を取り開くと、画面には「お母さん」の文字が出ていた。
 左上の時刻を見ると五時三十一分で、祠に来て一時間ぐらいが経っていた。
 ……お母さん、先生から聞いたの?
 もう、やだ!

 電源ボタンを強く押し込めば、画面は真っ暗になり、変わりに反射した夕陽が映り込んでくる。

『こんなに、綺麗なのにねぇ……』
 顔を上げれば今日も夕陽が出ていて、空全面を茜色に染めていく。
 だけど私の視界はぼやけていって、色濃い夕陽が揺れて、霞んで見えて、もう何も見えないよ。
 お願い、沈まないで。置いていかないで。私を一人にしないで。

『……っ!』
 声にならない嗚咽を漏らし、どれだけ呼吸を繰り返しても酸素が取り込めないぐらいに息苦しくて、目も鼻も喉も全てが熱くて、痛い。
 カタカタと震える体を、せめて自分が抱きしめてあげようと膝を抱え俯くと、速い心臓の音がドクンドクンと大きく音を鳴らす。
 ……止まって、くれないかな? そしたら明日は来ないんだよね?
 そんなことを思いながら、日暮れに怯えていると、一つの声が優しく落ちてきた。

『……花梨?』
 聞き覚えのない声だった。……だけど、どこか懐かしさがあって、思わず顔を上げていた。
 いなくなった私を探しに来てくれた人、それは。