さよならの記憶写真館

 五月八日。いつも通り放課後の美術室に行くと、やたら感じる視線。みんなヒソヒソと話していて、こっちが見ると逸らしてきて、私が二年生の共同席に座るとみんな離れていった。
 えっ?
 戸惑いの心の声が全面に伝わってくる。

 ……あ。昨日、由衣の手を叩いたことだよね?
 朝一番に由衣には謝ったけど、完全に無視されてしまっていて、許されていないのは分かっていた。
 だけどそれは、私たち二人の問題で……!

 それを言おうとするけどみんなの刺さる視線が怖くて、思わず黙り込んでしまうと、先に口を開いたのは由衣だった。

「もう、良いよ」
「だめだよ、ハッキリしないと! ねえ、米田さん! 由衣ちゃんの構想、盗ったって本当?」
「……!」
 人間は心当たりがないことを詰められると、意味が分からず黙ってしまうのだと、この時に知った。

「ほら、一緒じゃん!」
 目の前に差し出されたのはピンクの携帯で、由衣の物だった。液晶画面に写っていたのは写真で、昨日私が描いていた夕陽の絵と全くアングルが同じで、雲や、光の入り方が全く同じだった。

 ……え、あれ? この写真、どうして由衣持ってるの?
 頭の回転が遅い私は、いまだに自分が置かれている状況を分かっていない。
 私はいつもそうだ。話に付いていけなくて、周りと会話のテンポが合わなくてイライラされて。
 だからこそ余計に焦ってしまい頭が働いてくれなくて、気付けば私は目を泳がせ口をパクパクとさせてしまい、今客観的に見ると明らかにやってるようにしか見えなかった。

「前の時は、由衣ちゃん我慢してくれたんだよ? 退部になったら可哀想だからって。なのに、二回目って何? マジでありえないんだけどっ!」
 えっ、え……。
 ようやく前の情報を理解したところで、また大きな話の内容が私の元に落ちてくる。
 混乱から呼吸を忘れた喉は渇き、声が出なくなってしまった。
 盗った? え、誰から? ……私が?

 心当たりがなくて、言われている意味が分からない。何かの手違いかと考えるけど、やっぱり分からない。
 後で冷静に考えたら由衣が嘘を吐いていると分かるけど、十四歳の私は人の悪意を本当の意味で理解出来ていなかった。
 嘘を吐いてまで、相手を貶めようとする人がいるなんてこと。

 作品が被る。創作界隈ではよくある話で、特に季節の風景画である桜や、ひまわり、コスモス、雪景色などは構想が同じになりやすい。自分が美しいと思うものは、大体の人もそうなのだから。
 だからみんなそこまで気にせず活動しているし、同じ地域に暮らしているからこそ、描く風景が同じになることは必然。だけど。
 ……どうしよう。自然公園とか花畑とか、風景が被ることはあるけど、空の形が被ることはない。
 だって、「空はその時にしか見せない顔がある」から。
 そんな優太の言葉が脳内でガンガンと響きわたる。

「しかもさ。昨日、辞めてって言った由衣ちゃんを突き飛ばしたんだって?」
「ち、違っ……!」
 ようやく出てきた言葉は、どんどんと詰まっていく。
 あれは、絵の具を混ぜられそうになったから。それに手を叩いてしまったけど、突き飛ばしてなんか……!

「もー、やめようよ。気にしなくて良いよ、花梨ー」
「……っ、あっ」
 この時のことは今でも覚えている。
 ただ頭を殴られたようにクラクラして、心臓が大きく鳴り響いていて、喉が潰れたように声が出なくて。
 夢なら覚めてと願ったけどそんなことは起こるはずもなく、私はその場に立ち尽くすことしか出来なかった。

「はぁー、マジかぁ。米田さん、すごい頑張ってると思ってたのに」
「ね、ガッカリだし」
 私に向けられる視線はどれも鋭く、背向けられた背中にすら睨まれているようだった。
 その後、顧問の先生が来て、みんなが事情を話して、私は準備室で話を聞かれることになった。
 ……正確には聞かれてなんかいない。
 もう次はない、今度やったら美術部を辞めてもらうと言われただけだった。

 ねえ、どうして? どうして、誰も私を信じてくれないの?
 私、やったなんて言ってないよ? なんで?

 あの時はそう思ったけど当然だった。だって、否定しないんだから。
 一言でも違うと言い返していたら、私も携帯の写真を見せていたら、状況は変わっていたかもしれないじゃない。
 そんなこともしないで、心の中で違うと言っても誰も分かってくれないよ。
 そう十四歳の私に声をかけ続けるけど、やはり過去の私には聞こえてないみたいで、ただ立ち尽くしているだけだった。

 それからは針の筵だった。
 刺さる視線、卑怯だという陰口、いないものして扱われる完全な無視。
 庇ってくれる子なんて、誰もいなかった。
 友達ではなくても仲間だと信じていた。だけどそれは、私の独りよがりだったみたい。


 私はみんなと同じ青色になりたかった。
 空のような、ラムネ瓶のような、そんな淡くて美しい青色に。
 だけど私なんか無理に決まってると分かってたから、少しでも色付けるだけで良かった。
 薄くても見えて、存在に気づいてもらえる色。
 目障りにならないほどの色合いで、ただそこにいることは許してもらえるような、そんな地味な色合いで。

 だけど、これだったら透明の方が良かった。
 人の色って一度付いたら落ちてくれないものだって、気付いた時には遅かった。
 真っ黒に染められた、私の印象は。