さよならの記憶写真館

 放課後の部活時間。新一年生の仮入部期間となり、美術室は賑やかになった。
 由衣は一年生の子たちに話しかけて積極的に美術部について教えてあげていて、私は変わらず準備室に篭もり、黙々と作品を描いていた。
 一人で黙々と完成させるつもりだったけど、どこまでも凝った作品を作りたいと思った私は、また間違えてしまったようだ。

 あれは忘れもしない、五月七日のことだった。
 大型連休が終わり、月末は中間テストがあるため、部活はあと二週間しか活動が出来ないと気が焦る頃。
 六月末提出期限のコンクールに向けて、作品に向き合っている時のことだった。

 パレットにのるのは赤色で、それをベースに黄色と茶色を少しずつ合わせて色を作っていく。
 まだ明るい、もっと色を落として。
 暗すぎ、もっと赤を足して。
 何度も何度も試行錯誤して、出来上がったのは茜色の油絵の具。
 それを筆にのせ、キャンパスを茜色に染めていく。
 すると油絵の具の香りがして、独特な匂いにあまり好きではないという意見が多いみたいだけど、私はこの香りすら好きで、絵を描く時間は堪らなく幸せだった。

「……へぇ、空の絵にしたんだ」
「あ、うん」

 夏のコンクールに向けて描くのは、私の大好きな夕陽。この景色はあの祠から写メで撮ったものだった。
 あと二週間しか作品描く時間ないから集中したいのに横から話しかけられて、明らかに手が止まっているのに変わらず話しかけてくる。
 でも無下にしたら怖いと、明らかに友達に抱く感情ではない声が心から聞こえてきた。

「って言うかー。これさ、青空の方がいいんじゃない?」
 夕陽を描くために茜色を作って塗っているのに、その根底全てを否定するアドバイスに、気付けば表情が引き攣っていた。

「あー、でも描き始めちゃったし。とりあえずは、これでいこうかなー?」
 出来るだけ手先に集中しながら、でも返答は間違えないように。……なんて同時進行に出来ない私は、言葉だけに集中していた。

「なんかさー、全体的に暗いんだよねー。何で茶色なんか入れるの?」
 私の目をチラリと見て笑ったかと思えば、巻いてある髪をクルクルと回していて、何故か心がすり減ったような錯覚を起こしてくる。

 暗さを出すことで少し物悲しく、でもどこか息苦しさから解放されるような、夜との狭間である夕暮れ時。
 そんな思いからだった。

「ほら、もっと赤入れて」
 絵の方に視線を向けていた私は、由衣がパレットに絵の具を入れようとしていることに、すぐに気付けなかった。

「ちょっ……! やめてよ!」
 口より手が先に出てしまって、思わず由衣の手をパチンと叩いてしまった。

「あっ、ごめん! 大丈夫?」
 転がった絵の具は床に転がり、目の前には叩かれた手を抑える由衣が居た。
「……もう良いし!」
 バタバタバタと準備室から出て行った背中を追いかけたけど、美術室から聞こえてくるのは由衣の感情的な声だった。
 ……私のこと言ってる。

 その場に出ていく勇気はなく、美術室に続くドアをそっと閉めた私は、息を吸って吐いて、目を強く閉じる。
 目を開けて現状を確認しようとパレットの色合いを見ると完全に上にのってしまっていて、せっかく作った茜色は完全に消えていた。
 色合いというのは一期一会。だからこそ、難しくて、試行錯誤して、面白い……のに。

 ……まだ時間はある。作り直しだ。
 そう思い創作に明け暮れる、十四歳の私。
 だけどね、今あなたがやるべきことはそれじゃないよ。
 自分を取り巻く世界の全てが敵になる。
 その怖さを知らなかった。