さよならの記憶写真館

 期末テストが終わった、十二月上旬。
 あまり手応えを感じていない私は、やるせなさを蓄積していて、そんな思いを抱えキャンパスに筆をのせていく。
 ただこの思いを絵に表したかった。

「ここさぁ、配色変えた方が良いんじゃないの〜? ハッキリした方が分かりやすいし」
 私の描いた絵の前で指をギリギリまで近付ける由衣は、軽い口調で話しかけてきた。

「……いや、これは。うん、そう……だよね……」
 あえて水を多めに配色し、色をのせていった水彩画。
 そこに絵の具を足して色を重ねていく。

「やっぱり! この方がカッコよくて良いし、私の言う通りじゃん!」
「……うん」
「ありがとう、とかないの?」
「ありがとう」
 明らかに表情や態度で出しているつもりだけど、やっぱり伝わらないみたいで、由衣は「うんうん」と頷いている。
 キャンパスに視線を戻せば、頭の中で想像した大好きな祠と全然違う水彩画が出来上がっていた。

 あれから小学生の下校時間に鉢合わせしたくなかった私は、学校が終わると走って帰り、あの祠前で勉強しながら時間が過ぎるのを待っていた。
 黒ずんでいた猫の像は白には戻らなかったけど、拭けば綺麗になったし、祠も木目が見えるようになった。
 そんな祠を描いたのに、それは全く別のものとして仕上がってしまった。
 あの祠はこんな色濃い場所じゃなくて、もっと柔らかく優しい雰囲気がある場所なのに。
 もっと色遣いを淡くして、夕陽が照らしてくれて、来た人を優しく迎えてくれるような場所を表現したかったのに。
 ……これじゃ、ない。

「あ、あのさ……」
「って言うか、もう帰ろうよー」
 腕をグイッと引っ張られたことにより落としそうになった筆をしっかり握り締め、咄嗟に開きそうになった口もキュッと閉じる。

「由衣は何も描いてないじゃない? 何しに来たの?」
 思わず漏れそうになった、本音だった。

 時刻はまだ、四時四十五分。確かに日が短い冬季は部活は五時半までと学則で決まっているけど、あと三十分は描けるし、……私は描き直したかった。

「あー、でも、もう少し修正とかあるし。先に帰っててくれる?」
「えー、そんなの心配で帰れないじゃん! じゃあ待ってるしー」
「いや、でも。ほら、片付けもあるし。大丈夫だから」
「あーあ、早く帰って来なさいってまたお母さんに怒られるじゃん」
「え……、だから」
 先に帰ってと言っているのに待っていて、それに対して否定的で、こっちの意思を伝えてもどうにも分かってもらえない。
 どう伝えるのが正解なんだろう?
 澪ならきっと、相手を傷付けずに伝える魔法の言葉を生み出せるのだろうな。

「……あー。ごめんね、片付けるね」
「もう、いいじゃん! 五時過ぎちゃうしー」
「あ、でもさ。道具は大切にしないと良いものは描けないって、先輩からの教えだし……」
「はぁ? もう、いいし! 待っててあげない!」
 由衣の声は突然尖って鞄を肩にかけたかと思えば、ドアをバンっと開け閉めして出て行ってしまった。

 ……また、私は失敗してしまったようだ。

 祠の絵を描き直す気力が残っていない私は、廊下の洗い場まで向かい、黙々と筆やパレットを流水で洗い流していく。
 誰もいない美術室を出てパタパタと走って行った先は、いつものあの場所だった。
 だけど日没を迎えた道は暗く、街灯がない小山を登ることは当然出来ず、私はただ足を動かしていく。

 ……何を、間違えたのかな?
 今日のやり取りを思い返し、どうするのが正しいのかを考えるのが頭の中を占めていて、次に描きたい作品の構成時間が減っている。
 由衣は時折、ああやって離れていってしまう。
 しっかり返事しなかったり、考えに背いたり、否定したり。そうすると怒って声を尖らせたり、謝っても無視されることが何回もあった。
 そうかと思ったら私の鞄を勝手に漁って、期末テストの点数がまとめられている細長い紙を見ていて、絶対誰にも言わないでと言っていたのに、美術部の子たちに私が英語で赤点を取ったと話していた。
 点数が悪くて落ち込んでいる子がいたから励ますつもりだったと説明を受けたけど、みんな明らかに引き攣った表情を浮かべていて、「ないな」と思われていたと分かる。
 ……得意の理科は九十四点取っていたのに、そこには触れないんだね。

 繰り返していくうちに、次は何を言われるのだろうって怖くて、大きな声が心臓を震えさせて、無視されると私の存在は誰にも認めてもらえないのだと錯覚を起こさせてくる。
 だから十三歳の私は、由衣の言いなりになっていた。
 ……大体、一緒に帰ると言っても家の方角は真逆で校門外までなのに。
 今なら、そう思うんだけどね。

 こんなことになるなら、一人の方が良かった。そう思った時には遅かった。