さよならの記憶写真館

『ニャア』
 どこからか猫のような鳴き声が聞こえてきて、過去の私は周囲を見渡す。すると見えたのは物陰として隠れていた先にある、石段で出来た階段。三十段ぐらい登れば頂上に辿り着くぐらいの小山だった。
 いつも必ず目を逸らしていた思い出の場所。だって、少しでもそれに触れると、せっかく蓋をした思いが溢れてきそうで。

 だけど今日は、階段を一段ずつ登り始めていた。
 久しぶりすぎる場所に向かう怖さ、石段の階段は歪で登りにくく足を踏み外そうになる危うさ。
 昔から臆病な性格の私は、いつもなら間違いなく引き返していたけど、足は一向に止まることを知らない。
 階段を囲んでくれる木のトンネルは、冬だから葉の一枚もない。
 春は、桜が咲いて綺麗だった。
 そんな記憶に触れてより淋しくなった私は、小山の先にある景色を求めて、息を切らしながら登っていく。

「……はぁ、はぁ、はぁ」
 最後の一段に足を乗せたら、広がるのは全長十メートルもなさそうな狭い荒地。当然ながらここも木の葉はなく、野花も一切見当たらなかった。
 だけど祠と、それを守る屋根は健在だった。
 おそらく手入れのされていないそれらは劣化が進んでいて、屋根は所々に穴があり、木製だった祠は黒ずんでくすんでしまっている。
 疲れた体は余計に脱力してしまったようだけど、なんとか力を入れたようで、地面に落ちている猫の像を拾い上げ祠に戻す。

 ……少し、居させてください。
 祠に目配せをし、心でそう告げる。
 祠前にはコンクリートで出来た階段があり、そこにスカートに皺がつかないように手で沿わせ、座る。
 心づもりしていた、コンクリート特有の体にくる冷たさやゴツゴツとした物はなく、まるで温かく柔らかな何かが引いてあるように座り心地が良かった。

 記憶違いだと思っていたけど、やっぱりそうだったんだ。猫の鳴き声が聞こえたような気がした私は、それに誘われるように、この場所に戻ってきたんだった。
 この地域の子どもを守るとされる、白猫さまを祀る祠へと。
 そうは言ってもそれは昔の話らしく、私たちが子どもの頃から遊び場になっていて、バチ当たりな話だけど私たち三人は秘密基地にしていて勝手に遊んでいたぐらいだった。

「はぁ……」
 吐き出した息はいつの間にか白くなっていて、ふわふわと上って消えていく。
 この時にやっと大きく溜息を吐けて、胸に張り付いていたものが少し取れて楽になったような気がした。
 今なら年頃ゆえの悩みだと分かるけど、十三歳の私にはそれが分からなくて、心に惑うモヤに苦しんで、ただ息苦しい毎日だった。

 よせばいいいのに過去の私はコートポケットを探り携帯を出したかと思えば、慣れた手付きで先程の家族写真を開いていく。
 幼少期から目鼻立ちが整っていた澪は、ベリーショートと呼ばれる、髪型が人を選ぶというようなヘアが本当によく似合っている。髪型に合わせたシンプルな黒色ノースリーブに、太ももが見える短いデニム。腕と足が長くスタイルの良さが分かる当時の流行りで、小六の澪が大人顔負けにコーデしていた。
 その横に写るのは、母親に買ってもらった白色のロゴTシャツにいつものジーパン姿の冴えない私。
 地味な顔立ちで姉妹に見えないのも、もっともだった。

「はぁぁぁ……」
 重い溜息と共に携帯を強く握り締め、誰も抱き締めてくれないであろう体を、包むように自身の膝を抱えて俯く。

 そんな時間があるなら、テスト勉強しないと。
 私は澪と違って、一度習っただけじゃ覚えられないから、理解出来ないんだから。
 澪と違って……。

 空を見上げれば白い雲が膜を張るように広がっていて、澪が当てていた通り雪が降る前兆だろう。

「……夕陽は、見えないなぁ」
 凍てつくような風が吹き、全身は震え、膝に顔を埋めて顔だけは温めようと息を吐く。
 震える手を握ってくれる人なんてもういなくて、私は一人。

 優太。あの日の約束、覚えてくれている?
 ……そんな昔のこと、いちいち記憶に残っているわけないよね。
 私はいつまでも成長していない。過去を振り返ってばかりで、どうしようもないことを嘆いて、前を見ようともしない。

 ──澪が、予定日通りに生まれてくれたら良かったのに。

 ほら、またどうしようもないことを嘆いている。