さよならの記憶写真館

 生徒用玄関より外に出れば、薄雲が空全面を覆っていた。
 冬の始まりを告げるような強い冷風は、容赦なく剥き出しのふくらはぎに吹き付けてきて、スカートで守られているはずの太ももにすら冷気を送ってくるようで時折摩っている。
 中学生の頃のお供だった紺のダッフルコートに、赤いマフラー。この頃の定番だったなと、ガラス戸に映った自分にふっと思う。

 今日から期末テスト一週間前となった為、学則により部活は休み。
 とうとう始まるんだなっと心の中で何度目も繰り返している声が聞こえてきて、単語帳に時折視線を送っては捲り、五十分の田舎道を一人下校していく。

「テスト勉強なんか、全然しないし!」
「分かるー! どーでも良いよねー」
 前を歩いていた三人の女子グループが、後ろを歩いていた私をチラチラ見ながら笑う姿に、私は単語帳をコートのポケットに滑り込ませる。

 ……そんな必要ないよ、十三歳の私。
 だって、この子たちはテスト勉強しなくてもある程度点数を取るほどに頭が良いんだから……。
 中学生の私が、人それぞれ地頭の違いがあることに気付いていたら、もう少し楽に生きれたのかな?
 そんなどうしようもない考えを巡らせていると、女子たちは住宅街に続く大通りに歩いて行き、私は細道の両面田んぼに囲まれた道を抜けていく。

 何とも言えない息苦しさが伝わってきて、単語帳を手にする気力がないであろう私は下を向いて、ノソノソと歩いていく。
 そんな私を走って抜かしていくのは、黄色い通学帽を被り同色のリュックを背負った男女数人で、ランリュックと呼ばれる学校用鞄を背負った小学生たちだ。
 普段は部活があるから会わないけど、テスト前だけは高学年の下校時刻と同じぐらいらしく、そういえば一学期も見かけていた。
 私はトタトタと笑いながら走るその背中を眺めながら、ただ胸が締め付けられるのを抑えていた。

 私も、一年前はこうだったなんて信じられないな。
 胸の奥より聞こえてくる、痛々しい声。

 小学校の友達とは携帯のボタン一つで繋がれる関係で、中学校が離れた今でもメールを送り合っている。だけど違う学校という溝は深く、あの頃のように「また明日ね」とはならない。
 学年違い、学区違い。どうして私だけ、いつもこうなのだろうか?
 そんなどうしようもない運命のイタズラが、私の上にいつものしかかっていた。

 楽しそうな小学生たちを見たくない。
 何度目か分からない溜息を飲み込み、私はあえて通学路を避けた一人分の道幅しかない脇道を抜けていく。
 人目が少ない道だから防犯上危ないとされていて、子どもは歩いてはいけない道。いつもなら守っているけど、もうどうでも良かった。

 大幅なショートカットにより、あの小学生達より前方にきた私。もうそのまま、早足で家へと駆けていく。
 もう、何も見たくない。
 だけど、やはりルールを守らない子どもには天罰が下るということなのか? 一番見たくないものを見ることになったんだよね。

「んでさー、優太は何やるのー?」
「うーん。やっぱ、天気当てゲームかなぁ?」
「またぁ! もー、本当に空が好きだよねー」
「じゃあ質問です。この雲は、何の前兆でしょうか?」
「雪でしょ! 優太のおかげで、理科のテストヨユーだし!」
 前方より、風に乗って聞こえてくるのは無邪気な笑い声。足をピタッと止めた私は、考えるよりも先に物陰に隠れていた。
 そこで「久しぶり」と声をかけにいけないのが、私。
 鳴り止まない心臓の音を聞きながらそっと覗くと、やはりこの声は澪と優太で、どこまでも楽しそうだった。
 時期的に学期末にやる、お楽しみ会の出し物について話し合っているらしく、期末テスト前でピリピリしている私とは別世界のようだった。
 その瞬間に剥がれていった、心に貼っていた絆創膏。
 剥き出しになった心は冷風によって、余計に滲みていった。