私が通っていた北星中学校は、北星小学校と南小学校の二校からの集まりだった。
そうは言っても九割の生徒は北星小から来ていて、南小から来ていたのはごく一部。
ちょうどその頃、田舎の市町村を合併する動きから、三校あった中学校は二校に減り、生徒数調整の為に私たちの住む地域は遠くの中学校に割り振られたと、大人が話していた。
徒歩五十分。自転車通学は以前盗難とかのトラブルになったから禁止らしく、徒歩通学と決まっている。
小学校もそれぐらい歩いていたから別に良かったけど、やっぱり辛かったのは仲の良い友達たちと離れてしまったこと。一学年、五クラスもある賑やかな環境であること。そして、既にグループが出来ていることだった。
私と同じく南小から来ている子たちはいわゆる賑やかなタイプの子で、自分から話しかけて友達を作っていく中、私といえば中学校生活が始まって一週間が過ぎる頃、休み時間だというのに一人だった。
……失敗しちゃったなぁ。
そう思い周囲を見渡すもみんな円になってお喋りに夢中みたいで、私なんて視界に入らないようで。なんだか自分だけ誰にも見えていない透明人間になったようだった。
勉強はより難しくなり、小学校の時より宿題は多くて、予習復習が絶対に必要な毎日。変わっていく生活に付いて行くので必死だった。
だけど、そんな私を救ってくれていたのは。
放課後、私はスケッチブック片手に鉛筆を走らせ、石膏をデッサンしていく。
慣れない中学校生活は大変だったけど、絵を描いている時はそんな疲れなんか忘れてしまうほどに無心で手を動かしていた。
子どもの頃からずっと絵を描いてきた私は、迷うことなく美術部に入部希望を出し、毎日絵のことばかり考えてひたすらに走り続けていた。
そうは言っても九割の生徒は北星小から来ていて、南小から来ていたのはごく一部。
ちょうどその頃、田舎の市町村を合併する動きから、三校あった中学校は二校に減り、生徒数調整の為に私たちの住む地域は遠くの中学校に割り振られたと、大人が話していた。
徒歩五十分。自転車通学は以前盗難とかのトラブルになったから禁止らしく、徒歩通学と決まっている。
小学校もそれぐらい歩いていたから別に良かったけど、やっぱり辛かったのは仲の良い友達たちと離れてしまったこと。一学年、五クラスもある賑やかな環境であること。そして、既にグループが出来ていることだった。
私と同じく南小から来ている子たちはいわゆる賑やかなタイプの子で、自分から話しかけて友達を作っていく中、私といえば中学校生活が始まって一週間が過ぎる頃、休み時間だというのに一人だった。
……失敗しちゃったなぁ。
そう思い周囲を見渡すもみんな円になってお喋りに夢中みたいで、私なんて視界に入らないようで。なんだか自分だけ誰にも見えていない透明人間になったようだった。
勉強はより難しくなり、小学校の時より宿題は多くて、予習復習が絶対に必要な毎日。変わっていく生活に付いて行くので必死だった。
だけど、そんな私を救ってくれていたのは。
放課後、私はスケッチブック片手に鉛筆を走らせ、石膏をデッサンしていく。
慣れない中学校生活は大変だったけど、絵を描いている時はそんな疲れなんか忘れてしまうほどに無心で手を動かしていた。
子どもの頃からずっと絵を描いてきた私は、迷うことなく美術部に入部希望を出し、毎日絵のことばかり考えてひたすらに走り続けていた。



