さよならの記憶写真館

 パシャ。
 優太と繋いでいた小さな手は消え、目の前にはあるのはデッサンしているスケッチブック。
 視線の先には黒の学生服や紺のセーラー服を着た中学生と思われる生徒が見え、円を作って喋っているようだった。
 記憶写真の三枚目である優太と卒園を惜しんで泣いた場面から、四枚目に移行したみたい。
 ……ここ、中学生の時の美術室?
 懐かしい六人掛けの木製テーブル、その一番後ろに座る目立ちたくない私。
 壁のあちこちに作品が飾らせていて、油絵具を使うから独特の匂いがして、それなのにあの空気感に触れられないのがどうにも歯痒かった。

 しかし幼稚園時代から、いきなり中学生時代に飛んでしまうなんて。
 そういえば、小学生時代の記憶写真なかったもんな。
 優太との関係が気薄になっていたあの頃、修正したいと思う過去なんてなかったもんね。

 気を取り直して四枚目の写真を思い出すと、私が過去修正にと指定した優太と再会した場面で、今は中学生時代に戻ってきている。つまり。
 これから、優太と再会する過去を消せば良いんだ。
 そしたらおそらく仲が良かった澪と優太の関係は続いて、二人が結婚する未来に繋がっていくだろう。
 だからこそ私は、この時代に戻ってきたのだから。

 ……手の温かさを感じられないのも、自分の意思で動けないのも良かったのかもしれない。
 だってその力が備わっていたら、苦しくて仕方がなかっただろうから。

 しかし、どうして私は美術室に居るのだろう?
 それにあの再会は中学二年の初夏だったはずなのに、部員だった子はカーデガンとか着ていて、どう見ても冬仕様だった。
 えっ、待って! ここってもしかして、中学一年の秋じゃない?

 確かめたくても体は思う通りに動かなくて、中学生の自分に問いたくても何も知らない私は空き時間だからとスケッチブックを広げて手のデッサンとか始めてて、今それどころじゃないと叫びたくても、当然伝えることなんて出来ない。

「みんな集まったー? 前に話していた新入部員が正式加入となったので紹介します」
 建て付けの悪いドアをガラガラと開けて入ってきたのは顧問の多岐(たき)先生で、その後ろにいたのはやはり一人の女子生徒だった。

「一年二組の天堂(てんどう)由衣(ゆい)です。絵が描くのが好きなので、よろしくお願いします」
 美術室にはパチパチと拍手が溢れ、三年生が引退して減っていた美術部に二十三人目の仲間ができ、歓迎のムードに包まれた。
 彼女が頭を下げるとコテで巻いたような肩までのゆるふわな髪が揺れ、小さく微笑むと淡いピンクの色付きリップが光る。私とは違ってオシャレな子だと、一目で感じ取れる。
 私は四組で別の小学校だったし、他の子達は一組と三組に別れていたから、二組の彼女を知らなかった。
 だけど、今は。

 もし私が自分の意思で動けていたら、間違いなく美術室から飛び出していただろう。
 体は身震いも起こさず、息も速くならないけど、魂の奥から溢れてくる締め付けられような痛みは感じ、怖く、苦しい。
 大人になっても、死んでしまった後でも、こんな感情が押し寄せてくるなんて。
 支配人さん! お願いします、早く中学二年のあの日に連れて行ってください! 彼女とのことは、私の悔いとは関係ありませんから!
 感情のまま思念を送り、一秒でも早い転移を願った。
 だって私は目を閉じることも、耳を塞ぐことも出来ないんだから。

『……はい、しかし花梨さん。彼女の存在は、優太さんとの再会に大きな影響を与えた人物となっております。ですから、彼女との関わりは避けて通ることは出来ません。記憶写真が、その意思を持っています』
「え、写真……が?」
『はい。記憶写真は過去修正の力を持っているだけではなく、記憶の持ち主……つまり花梨さんの記憶を辿って、必要と判断した記憶を見せてくることもあります。過去修正する者に、大切なことを伝えるために』

 大切なことを伝える? それに必要な記憶?
 自分の人生でなかったことにしたかった、この過去の記憶。一体何の意味があるっていうの?