もう朝日という光が窓辺に強く差すとき、ラナンキュラスが鳥居を無心に通り潜って色恋神社の社殿付近で立ち止まった。
「睡蓮ちゃ~~~~~ん!」
大きな声で呼ぶ、その声量は朝頃だと感じさせないくらいにでかい。
「なんじゃ!ラナンキュラスよ、朝から元気じゃのう」
「綾人くんが幽霊になったって風の便りで聞いてさ、急いで飛んできたんだよ~」
「お主、飛んできたと言いながら、綾人が幽霊になったのは三日も前のことじゃ。それは飛んできたとは言わんよ」
「まじか~」と笑って嬉しそうにするラナンキュラスの横には、前にも会った澪が下を向いて立っていた。
いつものように私は興味ないし「ラナンキュラス様に近づくな!」と威圧感を忘れずに睨んでくる。
相変わらずだな~と呆れる。
ラナンキュラスもそうだ。朝から大きな声を出して…。もし具合が悪かったら怒っていたぞ。
「ねぇ綾人くん!前話していたこと覚えている?」
「当たり前だ」
二人だけの話なため、睡蓮様は頭を傾げて澪は違う意味でイライラしている。それが分かるほど目が細くなって睨む。
しょうがないとは思いつつ、澪など俺にとってはどうでもいい存在。睡蓮様と一緒に居ればほかの人はどうでもいい。睡蓮様と今後も……。
「あぁ、綾人くん。この話……睡蓮ちゃんにも言った方が良いかもな。頭から湯気が出ている」
ふと見た睡蓮様は、目がグルグルと渦巻きになっているように困惑している。
「そうだね。睡蓮様!」
困惑した睡蓮様の両肩に俺の両手を添えて、目と目を無理やり向けさせた。あたふたして、言葉が断続的に出てきた睡蓮様。
「な、な、なんじゃ!?」
「俺、リリー様に未来予知を受けてから、その…死ぬことは分かっていたんだ!」
緊張交じりで話すから語尾に連れて声量が大きくなってしまった。
──今、睡蓮様どう思っているの?
俺はそれが怖かった。もしかしたら、嫌われるかもしれない。
最悪な場合を想定してしまっているのは、嫌われるのを恐れて、気持ちが落下したためだろうか。
返ってきた言葉は、俺にとって………
「童は、もうそこには後悔などしていない。今お主といられているのは、事実じゃ。言ってくれなかったのは悲しかったが、童は多分、それを聞いた瞬間、お主を絶対に死なせないとあれこれ動いていたはずじゃ。しかし、お主は、なぜそのような行動に出たのじゃ?」
睡蓮様は優しく、少し否定はあったが受け入れてくれた。
「それは!…それは、俺が死んだら条件を満たすからです」
「あぁ、神様になる条件のことじゃな……」
そう、睡蓮様の察しの通り。俺は、死んで幽霊になれば神様の条件を満たす。なぜ幽霊かは、考えなくても分かると思うが、人間と幽霊ではどうしても神様の存在により近いのが幽霊だからだ。
それもあって俺は人間より神様になる可能性が高い幽霊になることを選択した。
俺はそれを嫌だとは決して考えない。
なぜなら、神様になれば、もしかしたら睡蓮様とお近づきになれるかも…!
幽霊になる経緯を説明してから一週間ほど経ったころ、その日からはラナンキュラスと澪がほぼ毎日通ってきた。ラナンキュラス曰く、幽霊になってからの状態を見に来たと言っているが、どうせいつもがぶがぶと飲むお酒目当てと暇つぶしだろう。
「睡蓮ちゃんと綾人くん~!また来たよ~!」
社の前に立ちデカデカと手を振ってこちらの視線を誘っている。だが見ることはしないし、見たとしても澪が俺らに威圧的な目を向けるだけ。最近は相変わらずで俺らも気には留めていない。澪もきっとラナンキュラスがここに来ることを拒否していたが、止めることができず仕方なくついてきたのであろう。同じ眷属仲間だが、主が違えば状況も違うか。
しかし澪は俺が死んだことについて、ましてや俺らの関係にすら首を突っ込まない。
興味がないというのもあると思うがそれでも踏み込まない意志は素晴らしいと思う。
君の主と違って、会うたびに目を光らせて「夜は過ごしたのか!」だの「致したのか!」だの直球すぎて逆に怖い。
神様は恥じらいがないのか。ラナンキュラスだけなのか。
最低でも睡蓮様にこの話をすれば恥ずかしがって顔を赤らめてそっぽを向いてしまう。そこもかわいいのだけど…。
でもさすがに今の睡蓮様にしてしまったら嫌われるかも。前にBLの本を読んでもらったが、なんだか他人行儀というか本の中の世界だと感じていた。だから今からは難しいかな。
脳裏に過ったのは、襲われて泣く、はだけている睡蓮様。抵抗することもせず俺の手を許してくれた。そのはだけた服の中に手を………。って、俺は何を考えているんだ!睡蓮様の同意なしで襲うなどいけないことだ。でも…。
「綾人?どうしたのじゃ」
顔を覗き込むように下から俺を見上げる睡蓮様。考えていたことが今の睡蓮様の顔と重ね合わせてしまう。思い出しちゃう。
咄嗟に睡蓮様と目が合わないように逸らして何とか隠そうと試みた。
「?」
目を逸らしたことによって睡蓮様の頭の上には『?』が現れていた。
「な…なんでもないです!」
声が高くなり、動揺していることが誰でも見て取れる。
「二人とも~?イチャイチャするのは自由だけど、私たちもいるからね~?」
ニヤニヤと楽しむように笑うラナンキュラスは、少し怖さを覚える。しかも、その横にはどうでもいいと顔にもろ出しの澪が面倒だ。とそっぽを向く。
「…す、すまないラナンキュラスよ」
先に謝ったのは睡蓮様。
本当は俺からなのに…。
申し訳なさを抱き、うつむくと睡蓮様は、俺の心を読んだのか無意識なのか、低い身長をどうにか俺の身長に合わせようと背伸びして「よしよし」とまるで犬を手懐けるように小さな手を頭にのせて撫でた。無意識にしたとしても、俺が幽霊だとしても睡蓮様が大好きだ。だから、その行動を脳で処理した瞬間、恥ずかしさが芽生えた。
「……え、あ、睡蓮様…?!」
赤面している状態で睡蓮様を覗き込むと、ニコニコと子どもと同じ笑顔をしている。
「……もう!ふたりとも~?忠告を聞いてないね~?」
少し呆れと嬉しさのような感情を露わにして怒るというよりは、面白がっているように見える。
その姿で察した睡蓮様が改めて自分の行動に目をやると、次は俺よりも顔が火照って恥ずかしくなっている。そして、すぐさま手を引っ込めてモジモジと恥ずかしさを表現して「……綾人よ。す、すまなかった」と謝った。
相変わらず、すぐ謝るんだから…。
慣れたことなのでそんなに思いつめることはなかったが、考えてみると睡蓮様はすぐ謝ってしまう癖のようなものがある。神様だからってわけではないが長年生きたからこその癖なのだろう。多分、俺が何言ってもすぐ治せるものでもない。
「イチャイチャしているところ悪いが、君たちに話しておきたいことがある。特に綾人くん、君だ」
表情と眼差しが真剣で、思わず息を飲んだ。
「綾人くん。神様になった理由をもう一度話してくれる?」
ひとまず、外で話すのはラナンキュラスたちに悪いので、社の中に案内して、とりあえず二人にいつもの工程で茶を急須に入れて、木製の椀に注いだ。遠慮がちな澪と天真爛漫なラナンキュラス。温度差がありすぎて凍えそうだ。
二人は貰った茶を一度飲むと、さきほどの天真爛漫な表情から真摯な姿勢を見せた。
「……改めて、綾人くん。神様になった理由を聞かせて」
ラナンキュラスの真剣な表情に向き合うべく、俺と睡蓮様はほぼ同時に表情を固めた。
「俺は…睡蓮様と結婚したいから神様になりました」
「……へ?!」
固く、崩れないような表情をしていた睡蓮様。しかし、俺の一言で呆気にとられるように頭に「?!」が浮かんできた。
「え…綾人よ!どういうことじゃ!」
怒るように問う睡蓮様とは裏腹に、真面目で表情を一切変えず、こう答える。
「睡蓮様。俺は睡蓮様のことが大好きです。本当に愛しています。だからこそ、結婚したいのです。前にも言ったかもしれませんが、人間と神様では結婚できない。なら、俺が神様になろうと…」
「なぜお主はそんなに脳筋なんじゃ!…童はお主が人間でも一緒にいるとあの時誓ったのじゃ!」
「誓った?」
「お主が、両親のもとを離れたその夜から童と共にここに住んでいた。その夜に寝ているお主に誓ったんじゃ」
あの時か…。
いろいろあってすぐ寝付いちゃったからよく覚えていない…。
「…それを知らなかったのは俺のせい。そこはごめん。……でも俺はそれでも睡蓮様と結婚したい。前にリリー様から未来予知の能力を貰ったじゃん?あれで俺の死ぬときを知った。あの時と全く同じ光景を。それでラナンキュラスに相談した。ラナンキュラスも同情とまではいかないけど、理解してくれて、何度か相談に乗ってもらっていた」
「それでね、最終的には『神様になるのがいいんじゃない?』って言ったの。運命を変えることは私たちだって不可能。睡蓮ちゃんも分かるでしょ?」
言葉が喉に詰まったことを瞬時に察したラナンキュラスが代弁してくれた。
「……そうか。後悔は残るが、しょうがないと片付けよう」
少し間はあったものの、睡蓮様は理解をしてくれた。
「ごめんね、本当はもっと後に言うこともできたんだけど…実は少し前、私の神社にリリー様が来たの」
「ラナンキュラス?いる~?」
「リリー様~!どうしたんですか?」
空から降りてきたのは、綺麗な翼を鮮やかに羽ばたかせるリリー様。そして、ラナンキュラス様はリリー様に近づいてハグをする。
──リリー様、羨ましい…。
「こら?澪ちゃん~?リリー様にそんな嫉妬しないで?私は澪ちゃんのものだから!」
リリー様のハグを終わらせると、すぐさま僕に駆け寄り、ギューと強く抱擁してくれた。
「…もう、ラナンキュラス様は甘いです」
「ふふ、そうかな。あ、リリー様、話があるのよね」
「えぇ。あなたに頼みごとがあるの。それは…。この前にも会った睡蓮の眷属に綾人という人物がいるでしょう?あの子を神様にしたいのだけど、私から神様にすることは不可能なの。それをしてしまうと…」
「私欲に使ったことになってしまいますね。リリー様は大天使であるからリリー様を信仰している宗教から反感を買いますね。」
リリー様を信仰している宗教。
”Heiliger Erzenge”はこの世界で唯一の宗教。
意味を「聖なる大天使」という。
リリー様がはるか昔、貧困や食糧不足を嘆く人間たちの前に姿を現し、恩恵を与えた。それが世界中で崇められて宗教として成立している。
しかも唯一の宗教なため、信仰者も多い。だからこそ、リリー様は自分の身勝手さでは動けない。反感を買うと後々が面倒くさい。
それらを踏まえていうなら綾人くんを推薦という形で神様にしたい。みたいな感じかな。
「推薦は私ではなく睡蓮ちゃんに頼むのが正しいと思う」
「そうね…。今からでも行こ……。あ~。ごめんねラナンキュラス。今から行かなければいけないところがあるの。だから、ラナンキュラス、お願いしたい」
「わかりました。リリー様も大変ですね」
「そうなのよ!もう。大天使って大変…あ~もう行かないと怒られちゃう!またねラナンキュラス!睡蓮と綾人にも代わりに挨拶しておいて!」
嵐のように去り、上空でその姿を消した。
「さて、澪ちゃん!行くよ!」
「はい!」
「なるほど…。リリー様の頼み事か。珍しい」
「でしょ~!リリー様ってこき使うこと自体、好きじゃないから珍しいってびっくりしちゃった!」
茶を飲み干したようなので、注ぎ直す。
「ありがとう。綾人くん」
「いえ」
「ラナンキュラスよ、童が綾人を推薦してもよいか?」
真剣な表情と重く真面目な言葉。他人事ではないはずなのに、どうしても他人事として聞こうとしてしまう。
「最初からそのつもりだし、睡蓮ちゃんなら言うと思ったよ!」
二人は見つめ合い、長年の付き合いのみで会話をしている。
「じゃぁ、とりあえず今日は帰らしてもらうよ!お茶ありがとう」
そう言って立ち上がり、外へと歩んだ。その背中を追いかける形で澪も続く。そしてラナンキュラスが鳥居を潜り抜けて階段を降りる。姿が徐々に無くなる頃に、澪が振り向いて俺ら二人に、優しく深々と頭を下げた。
「とは言ったものの、どうしたものか…」
一人寂しく、社のリビングで、机の上に腕を組んで眉間にしわを寄せる。
あまり、睡蓮様の困った顔は好ましくない。だって、何に対して困っているかは置いといて可愛い顔をしかめるのは嫌。でもその困りごとを否定することはできない。だって、睡蓮様が俺のために考えてくれている。それを無碍にしたくない。
「睡蓮様、少し休んでください」
注ぎたての湯気の煙が天井に行きつく前に周りの空気に溶け込んでいく。
「あぁ綾人よ、ありがとう」
優しく小さな手が茶碗を持って口に茶を通す。その姿に伴って日の光が睡蓮様に当たって輝きを帯びて惚れ惚れしてしまう。しかし、今はそんなことを考えてはいられない。
俺は幽霊になれて嬉しい。睡蓮様と結婚できる。それ以上の喜びはない。しかし、睡蓮様はそれに葛藤している。
「睡蓮。決断はできましたか?」
社の外では太陽とはまた違った光が玉砂利に当たり、地面には無数の影が連なっている。
「リリー様‼」
俺と睡蓮様はすぐさまリリー様に駆け寄り、頭を下げる。
「もう! そんなにかしこまらないで!」
「一応は童たちの上司みたいなものなので」
クスクスと笑い合っている二人のおかげで、その場の空気は明るくなる。
「突然ごめんなさいね。ラナンキュラスから聞いたでしょう? 綾人くんを神様にしたいと思ってるの。急だけど、聞いてもいいかしら」
「…分かりました。童、睡蓮が申します。綾人を神に立候補します」
声高らかに申し、祈るように両手を結び、祈願する。俺も真似するように手を組む。
「……はい。その言葉を受け入れます」
そう言うと持っていた杖を天に持ち上げ、光を放つ。
「我、大天使リリーが申す。今、綾人を眷属から神として認めます」
杖から光が消えた瞬間、俺の全身が光り出し、あっという間に幽霊だった身体が人間のような体を取り戻す。
「…これからは神として過ごしてもらいます」
「はい‼」
「それで、睡蓮?相談なんだけど、神様になった者どこかの神社に祀られなければいけないのだけど…」
「それは童の神社にお願いしたいです‼」
「ふふ、そういうと思っていたわ」
睡蓮様の顔はほんのり赤くなっている。睡蓮様から言ってくれるなんて思っていなかったからびっくりしたけど、正直嬉しいし、夢のようだ。
「リリー様、睡蓮様ありがとうございます‼」
「いいのよ」
「いいぞ」
二人は笑顔で俺を迎えてくれた。
「我、大天使リリーが申す。色恋神社に新たな神を祀ります。……これで大丈夫‼」
「「ありがとうございます!」」
「では、わたくしは戻ります。皆さんさようなら」
「「また会いましょう!」」
「睡蓮ちゃ~~~~~ん!」
大きな声で呼ぶ、その声量は朝頃だと感じさせないくらいにでかい。
「なんじゃ!ラナンキュラスよ、朝から元気じゃのう」
「綾人くんが幽霊になったって風の便りで聞いてさ、急いで飛んできたんだよ~」
「お主、飛んできたと言いながら、綾人が幽霊になったのは三日も前のことじゃ。それは飛んできたとは言わんよ」
「まじか~」と笑って嬉しそうにするラナンキュラスの横には、前にも会った澪が下を向いて立っていた。
いつものように私は興味ないし「ラナンキュラス様に近づくな!」と威圧感を忘れずに睨んでくる。
相変わらずだな~と呆れる。
ラナンキュラスもそうだ。朝から大きな声を出して…。もし具合が悪かったら怒っていたぞ。
「ねぇ綾人くん!前話していたこと覚えている?」
「当たり前だ」
二人だけの話なため、睡蓮様は頭を傾げて澪は違う意味でイライラしている。それが分かるほど目が細くなって睨む。
しょうがないとは思いつつ、澪など俺にとってはどうでもいい存在。睡蓮様と一緒に居ればほかの人はどうでもいい。睡蓮様と今後も……。
「あぁ、綾人くん。この話……睡蓮ちゃんにも言った方が良いかもな。頭から湯気が出ている」
ふと見た睡蓮様は、目がグルグルと渦巻きになっているように困惑している。
「そうだね。睡蓮様!」
困惑した睡蓮様の両肩に俺の両手を添えて、目と目を無理やり向けさせた。あたふたして、言葉が断続的に出てきた睡蓮様。
「な、な、なんじゃ!?」
「俺、リリー様に未来予知を受けてから、その…死ぬことは分かっていたんだ!」
緊張交じりで話すから語尾に連れて声量が大きくなってしまった。
──今、睡蓮様どう思っているの?
俺はそれが怖かった。もしかしたら、嫌われるかもしれない。
最悪な場合を想定してしまっているのは、嫌われるのを恐れて、気持ちが落下したためだろうか。
返ってきた言葉は、俺にとって………
「童は、もうそこには後悔などしていない。今お主といられているのは、事実じゃ。言ってくれなかったのは悲しかったが、童は多分、それを聞いた瞬間、お主を絶対に死なせないとあれこれ動いていたはずじゃ。しかし、お主は、なぜそのような行動に出たのじゃ?」
睡蓮様は優しく、少し否定はあったが受け入れてくれた。
「それは!…それは、俺が死んだら条件を満たすからです」
「あぁ、神様になる条件のことじゃな……」
そう、睡蓮様の察しの通り。俺は、死んで幽霊になれば神様の条件を満たす。なぜ幽霊かは、考えなくても分かると思うが、人間と幽霊ではどうしても神様の存在により近いのが幽霊だからだ。
それもあって俺は人間より神様になる可能性が高い幽霊になることを選択した。
俺はそれを嫌だとは決して考えない。
なぜなら、神様になれば、もしかしたら睡蓮様とお近づきになれるかも…!
幽霊になる経緯を説明してから一週間ほど経ったころ、その日からはラナンキュラスと澪がほぼ毎日通ってきた。ラナンキュラス曰く、幽霊になってからの状態を見に来たと言っているが、どうせいつもがぶがぶと飲むお酒目当てと暇つぶしだろう。
「睡蓮ちゃんと綾人くん~!また来たよ~!」
社の前に立ちデカデカと手を振ってこちらの視線を誘っている。だが見ることはしないし、見たとしても澪が俺らに威圧的な目を向けるだけ。最近は相変わらずで俺らも気には留めていない。澪もきっとラナンキュラスがここに来ることを拒否していたが、止めることができず仕方なくついてきたのであろう。同じ眷属仲間だが、主が違えば状況も違うか。
しかし澪は俺が死んだことについて、ましてや俺らの関係にすら首を突っ込まない。
興味がないというのもあると思うがそれでも踏み込まない意志は素晴らしいと思う。
君の主と違って、会うたびに目を光らせて「夜は過ごしたのか!」だの「致したのか!」だの直球すぎて逆に怖い。
神様は恥じらいがないのか。ラナンキュラスだけなのか。
最低でも睡蓮様にこの話をすれば恥ずかしがって顔を赤らめてそっぽを向いてしまう。そこもかわいいのだけど…。
でもさすがに今の睡蓮様にしてしまったら嫌われるかも。前にBLの本を読んでもらったが、なんだか他人行儀というか本の中の世界だと感じていた。だから今からは難しいかな。
脳裏に過ったのは、襲われて泣く、はだけている睡蓮様。抵抗することもせず俺の手を許してくれた。そのはだけた服の中に手を………。って、俺は何を考えているんだ!睡蓮様の同意なしで襲うなどいけないことだ。でも…。
「綾人?どうしたのじゃ」
顔を覗き込むように下から俺を見上げる睡蓮様。考えていたことが今の睡蓮様の顔と重ね合わせてしまう。思い出しちゃう。
咄嗟に睡蓮様と目が合わないように逸らして何とか隠そうと試みた。
「?」
目を逸らしたことによって睡蓮様の頭の上には『?』が現れていた。
「な…なんでもないです!」
声が高くなり、動揺していることが誰でも見て取れる。
「二人とも~?イチャイチャするのは自由だけど、私たちもいるからね~?」
ニヤニヤと楽しむように笑うラナンキュラスは、少し怖さを覚える。しかも、その横にはどうでもいいと顔にもろ出しの澪が面倒だ。とそっぽを向く。
「…す、すまないラナンキュラスよ」
先に謝ったのは睡蓮様。
本当は俺からなのに…。
申し訳なさを抱き、うつむくと睡蓮様は、俺の心を読んだのか無意識なのか、低い身長をどうにか俺の身長に合わせようと背伸びして「よしよし」とまるで犬を手懐けるように小さな手を頭にのせて撫でた。無意識にしたとしても、俺が幽霊だとしても睡蓮様が大好きだ。だから、その行動を脳で処理した瞬間、恥ずかしさが芽生えた。
「……え、あ、睡蓮様…?!」
赤面している状態で睡蓮様を覗き込むと、ニコニコと子どもと同じ笑顔をしている。
「……もう!ふたりとも~?忠告を聞いてないね~?」
少し呆れと嬉しさのような感情を露わにして怒るというよりは、面白がっているように見える。
その姿で察した睡蓮様が改めて自分の行動に目をやると、次は俺よりも顔が火照って恥ずかしくなっている。そして、すぐさま手を引っ込めてモジモジと恥ずかしさを表現して「……綾人よ。す、すまなかった」と謝った。
相変わらず、すぐ謝るんだから…。
慣れたことなのでそんなに思いつめることはなかったが、考えてみると睡蓮様はすぐ謝ってしまう癖のようなものがある。神様だからってわけではないが長年生きたからこその癖なのだろう。多分、俺が何言ってもすぐ治せるものでもない。
「イチャイチャしているところ悪いが、君たちに話しておきたいことがある。特に綾人くん、君だ」
表情と眼差しが真剣で、思わず息を飲んだ。
「綾人くん。神様になった理由をもう一度話してくれる?」
ひとまず、外で話すのはラナンキュラスたちに悪いので、社の中に案内して、とりあえず二人にいつもの工程で茶を急須に入れて、木製の椀に注いだ。遠慮がちな澪と天真爛漫なラナンキュラス。温度差がありすぎて凍えそうだ。
二人は貰った茶を一度飲むと、さきほどの天真爛漫な表情から真摯な姿勢を見せた。
「……改めて、綾人くん。神様になった理由を聞かせて」
ラナンキュラスの真剣な表情に向き合うべく、俺と睡蓮様はほぼ同時に表情を固めた。
「俺は…睡蓮様と結婚したいから神様になりました」
「……へ?!」
固く、崩れないような表情をしていた睡蓮様。しかし、俺の一言で呆気にとられるように頭に「?!」が浮かんできた。
「え…綾人よ!どういうことじゃ!」
怒るように問う睡蓮様とは裏腹に、真面目で表情を一切変えず、こう答える。
「睡蓮様。俺は睡蓮様のことが大好きです。本当に愛しています。だからこそ、結婚したいのです。前にも言ったかもしれませんが、人間と神様では結婚できない。なら、俺が神様になろうと…」
「なぜお主はそんなに脳筋なんじゃ!…童はお主が人間でも一緒にいるとあの時誓ったのじゃ!」
「誓った?」
「お主が、両親のもとを離れたその夜から童と共にここに住んでいた。その夜に寝ているお主に誓ったんじゃ」
あの時か…。
いろいろあってすぐ寝付いちゃったからよく覚えていない…。
「…それを知らなかったのは俺のせい。そこはごめん。……でも俺はそれでも睡蓮様と結婚したい。前にリリー様から未来予知の能力を貰ったじゃん?あれで俺の死ぬときを知った。あの時と全く同じ光景を。それでラナンキュラスに相談した。ラナンキュラスも同情とまではいかないけど、理解してくれて、何度か相談に乗ってもらっていた」
「それでね、最終的には『神様になるのがいいんじゃない?』って言ったの。運命を変えることは私たちだって不可能。睡蓮ちゃんも分かるでしょ?」
言葉が喉に詰まったことを瞬時に察したラナンキュラスが代弁してくれた。
「……そうか。後悔は残るが、しょうがないと片付けよう」
少し間はあったものの、睡蓮様は理解をしてくれた。
「ごめんね、本当はもっと後に言うこともできたんだけど…実は少し前、私の神社にリリー様が来たの」
「ラナンキュラス?いる~?」
「リリー様~!どうしたんですか?」
空から降りてきたのは、綺麗な翼を鮮やかに羽ばたかせるリリー様。そして、ラナンキュラス様はリリー様に近づいてハグをする。
──リリー様、羨ましい…。
「こら?澪ちゃん~?リリー様にそんな嫉妬しないで?私は澪ちゃんのものだから!」
リリー様のハグを終わらせると、すぐさま僕に駆け寄り、ギューと強く抱擁してくれた。
「…もう、ラナンキュラス様は甘いです」
「ふふ、そうかな。あ、リリー様、話があるのよね」
「えぇ。あなたに頼みごとがあるの。それは…。この前にも会った睡蓮の眷属に綾人という人物がいるでしょう?あの子を神様にしたいのだけど、私から神様にすることは不可能なの。それをしてしまうと…」
「私欲に使ったことになってしまいますね。リリー様は大天使であるからリリー様を信仰している宗教から反感を買いますね。」
リリー様を信仰している宗教。
”Heiliger Erzenge”はこの世界で唯一の宗教。
意味を「聖なる大天使」という。
リリー様がはるか昔、貧困や食糧不足を嘆く人間たちの前に姿を現し、恩恵を与えた。それが世界中で崇められて宗教として成立している。
しかも唯一の宗教なため、信仰者も多い。だからこそ、リリー様は自分の身勝手さでは動けない。反感を買うと後々が面倒くさい。
それらを踏まえていうなら綾人くんを推薦という形で神様にしたい。みたいな感じかな。
「推薦は私ではなく睡蓮ちゃんに頼むのが正しいと思う」
「そうね…。今からでも行こ……。あ~。ごめんねラナンキュラス。今から行かなければいけないところがあるの。だから、ラナンキュラス、お願いしたい」
「わかりました。リリー様も大変ですね」
「そうなのよ!もう。大天使って大変…あ~もう行かないと怒られちゃう!またねラナンキュラス!睡蓮と綾人にも代わりに挨拶しておいて!」
嵐のように去り、上空でその姿を消した。
「さて、澪ちゃん!行くよ!」
「はい!」
「なるほど…。リリー様の頼み事か。珍しい」
「でしょ~!リリー様ってこき使うこと自体、好きじゃないから珍しいってびっくりしちゃった!」
茶を飲み干したようなので、注ぎ直す。
「ありがとう。綾人くん」
「いえ」
「ラナンキュラスよ、童が綾人を推薦してもよいか?」
真剣な表情と重く真面目な言葉。他人事ではないはずなのに、どうしても他人事として聞こうとしてしまう。
「最初からそのつもりだし、睡蓮ちゃんなら言うと思ったよ!」
二人は見つめ合い、長年の付き合いのみで会話をしている。
「じゃぁ、とりあえず今日は帰らしてもらうよ!お茶ありがとう」
そう言って立ち上がり、外へと歩んだ。その背中を追いかける形で澪も続く。そしてラナンキュラスが鳥居を潜り抜けて階段を降りる。姿が徐々に無くなる頃に、澪が振り向いて俺ら二人に、優しく深々と頭を下げた。
「とは言ったものの、どうしたものか…」
一人寂しく、社のリビングで、机の上に腕を組んで眉間にしわを寄せる。
あまり、睡蓮様の困った顔は好ましくない。だって、何に対して困っているかは置いといて可愛い顔をしかめるのは嫌。でもその困りごとを否定することはできない。だって、睡蓮様が俺のために考えてくれている。それを無碍にしたくない。
「睡蓮様、少し休んでください」
注ぎたての湯気の煙が天井に行きつく前に周りの空気に溶け込んでいく。
「あぁ綾人よ、ありがとう」
優しく小さな手が茶碗を持って口に茶を通す。その姿に伴って日の光が睡蓮様に当たって輝きを帯びて惚れ惚れしてしまう。しかし、今はそんなことを考えてはいられない。
俺は幽霊になれて嬉しい。睡蓮様と結婚できる。それ以上の喜びはない。しかし、睡蓮様はそれに葛藤している。
「睡蓮。決断はできましたか?」
社の外では太陽とはまた違った光が玉砂利に当たり、地面には無数の影が連なっている。
「リリー様‼」
俺と睡蓮様はすぐさまリリー様に駆け寄り、頭を下げる。
「もう! そんなにかしこまらないで!」
「一応は童たちの上司みたいなものなので」
クスクスと笑い合っている二人のおかげで、その場の空気は明るくなる。
「突然ごめんなさいね。ラナンキュラスから聞いたでしょう? 綾人くんを神様にしたいと思ってるの。急だけど、聞いてもいいかしら」
「…分かりました。童、睡蓮が申します。綾人を神に立候補します」
声高らかに申し、祈るように両手を結び、祈願する。俺も真似するように手を組む。
「……はい。その言葉を受け入れます」
そう言うと持っていた杖を天に持ち上げ、光を放つ。
「我、大天使リリーが申す。今、綾人を眷属から神として認めます」
杖から光が消えた瞬間、俺の全身が光り出し、あっという間に幽霊だった身体が人間のような体を取り戻す。
「…これからは神として過ごしてもらいます」
「はい‼」
「それで、睡蓮?相談なんだけど、神様になった者どこかの神社に祀られなければいけないのだけど…」
「それは童の神社にお願いしたいです‼」
「ふふ、そういうと思っていたわ」
睡蓮様の顔はほんのり赤くなっている。睡蓮様から言ってくれるなんて思っていなかったからびっくりしたけど、正直嬉しいし、夢のようだ。
「リリー様、睡蓮様ありがとうございます‼」
「いいのよ」
「いいぞ」
二人は笑顔で俺を迎えてくれた。
「我、大天使リリーが申す。色恋神社に新たな神を祀ります。……これで大丈夫‼」
「「ありがとうございます!」」
「では、わたくしは戻ります。皆さんさようなら」
「「また会いましょう!」」



