君を見つけたあの日から

「ねぇ、睡眠様!そろそろ睡蓮様から好きって言ってよ~」
「なんじゃ、急に」
 邪神が封印されてもう二週間ほどが経った。あの時の忙しさとは正反対な平和な時間。もう風が冷たくなりかけている。

「綾人よ、毎回急すぎて童は困る」
「だって、告白しても『ありがとう』だけじゃん!」
 邪神騒動が終わってから心を開いてくれただろうと思って告白はしている。しかし、見ての通り振られてばかり。

 ちなみに、ラナンキュラスから神様になる方法は教えてもらった。聞いて希望を持った。そして未来予知をした。その時が来るまで俺は睡蓮様との時間を大切にしようかな。
 でも、あの条件は、少し…というかすごく覚悟を決めないといけないな。
 睡蓮様との時間はいつまで続くのやら…。


「睡蓮様!明日どこか行きたいところはありますか?」
「明日か…特にすることもないからのう…では綾人よ、前に行ったデパートに行きたい」
 前…あっ、デートのときの!
「で、デートと言うのではない!お、お出かけじゃ。お・で・か・け!」
 デートっていうのが恥ずかしいのか。
「はいはいわかりましたよ~」
 やっぱり睡蓮様は可愛いな…本当に…。独占欲が強くなってしまうのはいけないこと。だから抑えるしかない。
 もう…。


「綾人?どうしたのじゃ」
「ん?ううん!ぼーっとしていただけ」
 睡蓮様にバレたら「やめろ」の一点張りだからな、ラナンキュラスとも約束したけど、それまで内緒にしておこうかな。

 昼の光がデパートの看板に反射して眩しい。でも、どうしても季節の寒さには勝てない。厚着をすれば耐えられるが、そんなに服を持っていない睡蓮様は寒そう。手に白く霧のようになった吐息を当てて暖を取っている。
「寒い…」
「睡蓮様、厚着できるほど服もってないもんね」
「そうじゃよ~」
 他愛もない話をしながら大きなガラスのドアを片手のみの力で開けた。中に入れば外よりも暖かく、でも暑すぎず、心地よい。
「生き返る~」
「温泉か!」
 睡蓮様はたまにおじいさんみたいなこと言う。見た目が子どもで言葉が大人ってギャップの塊すぎる。
「綾人よ!前回見た本屋さんにまた行こう!」
 目を輝かせて話す睡蓮様は幼い子どもそのものだ。
「また本を買うんですか?まだ続刊出てないって言っていましたよね」
 もう睡蓮様が本を買いすぎて離れの社に本の山が出来ている。収集するのはいいけど、整理整頓はしてほしいと思っている。でも本を見る眼差しが本当にかわいい!小動物みたいでずっと見ていられる。が、そんなことを言えるようなものではない。山ができてしまったということはいつかその社に足の踏み場もない状況になるはずだ。そうなってしまえば、次は…。考えただけでも大変だ。
「睡蓮様!前も言いましたけど、取捨選択をしっかりしてください。そうしないと社が本で埋め尽くされます」
「ならないよ~」
「なります!」
 圧に負けた睡蓮様は、沈黙を守り、そして頬を膨らませた。まるでフグのように。絶対今指を頬に刺したら変な音が鳴りそう。
 そんなどうでもいいことを考えていると、つい癖なのか本屋に着いてしまった。
「綾人!」
 目をキラキラさせないでよ…甘えさせたくなるじゃん!
「一冊だけね!」
「分かった!」
 元気良い返事についつい笑顔になるのは俺だけだろうか…本当に子どもにしか見えなくなってしまう。でも子ども扱いすると怒る…。

「これにする!」
 睡蓮様が取り出したのは、少し前に発売された「思い人と身代わり人形」だ。
「いかにも好きそうな題名だな。もちろん?」
「もちろん好きじゃ!恋愛は経験できないからこそ、本で楽しむ!」
 え、俺とは恋愛してないみたいな言い方だな。
「睡蓮様…俺とは恋愛してないの…?」
「うっ、なんじゃそんなに甘い声を出して…お主とは恋愛はしていると思うが付き合っておらぬ」
「じゃぁ、付き合って?」
「ダメじゃ」
「ほら言うじゃん」
 いつものような会話を繰り返しているはずなのに一切飽きない。これも睡蓮様だからなのかな。



 あっという間に夕日が沈む時刻。日の光を受けていた身体が徐々に減っている。
「綾人、今日は願いを聞いてくれてありがとう」
「いいよ!デート楽しかった!」
「うっ、しょうがないな。今回はデートということにする」
 なんか子どもに見られたな…でも睡蓮様とデートは素直に嬉しいから良しとしよう!


 もうすぐで俺は…その日までは睡蓮様とずっと一緒だ…。

 大好きだよ。睡蓮様。




「あぁ、もう冬の季節だな」
 寒く凍えるような風は、俺らの肌に当たるたびに麻痺させようと攻撃してくる。でも俺は冬が好きだ。なぜなら、下心で言うなら睡蓮様と密着することができる!願望なんだけどね…。

「温まる~」
 俺ら二人は現在、こたつむり状態。甘酸っぱいミカンが冬にはちょうどいい。向かいに座る睡蓮様はミカンを剥き、剥いて取れた皮を皿替わりにしてパクパクと食べた。まるで小動物みたいでかわいい。
「綾人よ、ミカンいるか?」
 さっき食べていたミカンを差し出してくれた。
「たべる~!あーんして!」
「子どもか!…しょうがないな~」
 なんだかんだあーんしてくれるんだ。そういう優しいところ本当に好き。

「おいしい!」
 やっぱり、新鮮で甘くて冬に食べるミカンが一番だな~。甘いだけじゃなくて酸っぱいという大きなギャップがある。睡眠様に似ている気がする。

 俺だけが思うことじゃないけど、こたつってずっと入っていると眠たくなる。
「睡眠様~、一緒に寝よう」
「ダメじゃ。こたつで寝てはいけない」
「でも~」

 重たい瞼を支え、工夫してこたつに出ず、向かいにいる睡眠様の隣まで歩み寄った。そしてそれに満足したせいで着くとすぐ、瞼が下がり、同時に意識まで落ちてしまった。最後に聞いた言葉は睡眠様の「しょうがないな」という甘えの声。




「ん、あれ俺寝てた…?」
 気が付くと、辺り一面真っ黒に染められた左右の間隔も分からなくなる場所。
「どこだ、ここ、睡眠様は⁉」
 しかし見回しても彼の姿はなかった。
 本当にここはどこ、こんな暗いところ、なぜか嫌な気持ちになる…。
 夢だろうか、しかし思いは現実の感覚とさほど変わらない。そう不気味な感触を覚えると、一面真っ黒に覆われていた幕のようなものが、一つの光によって消滅していく。まるで、鏡を割ったときと同じ現象が。

 その一つの光は…。

「睡蓮様!」
 ずっと望んでいたものが今、俺の前にいる。少し離れているが…。だが、無かったものが顔を見せてくれることがどれほど嬉しいものか瞬時で理解することができた。

 しかし、睡蓮様に近づこうと足を踏ん張って走り出すも、距離が縮むことはない。
 感覚でわかる。視覚、聴覚、すべてが彼には触れることすら許されないと言っている。そしてなにより、今の俺では絶対に追い越すこと以前に近くまで行くことも叶わない。だがこれこそ、今が夢であることが理解される理由の一つであろう…。

 …あぁ、睡蓮様、待って、会いたいよ。離れて行かないで。

 事実であるが、綾人は家族から邪魔者として扱われた幼き子。信用し、尊敬していた人が突如目の前から姿を消したも同然だ。そのような経験を幼いころにしていれば、耐性も身に着けていない子は、すぐに心が砕け散ったはずだ。本当に雪崩のような人生で無慈悲だ。

「睡蓮様…待って…まってよ」
 綾人の心に存在した灯は一度の小さな風で消えてしまう。その灯を再び復活させてくれるのは一体どんな人物なのだろうか。

「睡蓮様!」
「なんじゃ⁉急に大声出して…。なにか悪夢でも見たか?」
 そこにはさっきいた睡蓮様とは違う、いつもと同じ優しくてかわいい睡蓮様。
「…す、睡蓮様~…大好きです~」
 泣くのを堪えながら言葉を発することがこれほど難しいのだと今知った。しかし、泣き顔を睡蓮様には見せたくない。大人になった俺を見て欲しい。まだ、子どもの年齢だけど…。

「なんじゃ、泣くのを我慢して顔がぐしゃぐしゃじゃぞ…。仕方がない。童の胸で泣いてよいぞ」
 そう言って睡蓮様は手を大きく広げて少しブカブカしている和服が揺らめいた俺を包み込んでくれた。それは温かく、気持ちが柔らかくなる感覚だ。そして、その温もりには睡蓮様の優しさも混ざっていた。泣くのも耐えられなくなった…。
 またその優しさに溶け込んでしまう。甘えさせたいのに…。俺のダメなところだ。

「落ち着いたか?」
「睡蓮様、ありがとう」
 やっぱり大好きだな…裏切られてもいいから、利用してもいいから愛してほしい。

「お主、その考え方するのであれば、もうこうやって甘えさせないぞ」
 考えを読んだのか睡蓮様は俺に鋭い一撃を与えて諭してきた。
「わかった…!」
 渋々だが、考え方を改めることを仕方なく決意した。


 もう、信用した人を失いたくはない。ずっと睡蓮様とともにいたい。
 今はそれだけで満足だ。





 平凡な日常っていつまで続くのだろう。さすがにずっとは無理だけど、睡蓮様とこれからも少しでも長く一緒にいたい。そう願っている。

「睡蓮様~」
 掃き掃除とか諸々終わった後の暇、睡蓮様に近づき、許可を得ず肩を借りた。ただ借りたのではない。甘えたいという気持ちが恥に勝った。睡蓮様も嫌とは口にせず、俺を子どものように寝かしつけてくれる。身長的には俺の方が上なのに…。

「疲れたじゃろう。このまま寝ても良いぞ」
 やはり睡蓮様の声は心の底から聞いているだけで蕩ける。
 遠慮せずに、言うことを聞くことにした。そのときの睡蓮様の顔はびっくりした表情だったな。多分俺が今みたいな甘えを滅多にしないから睡蓮様にとっては驚くことなのだろう。。
 肩に接触しているだけなのに睡蓮様の匂いがする。包み込まれているようで落ち着く。いつも寝るときは布団が違うから俺のところで匂いはそんなにしなかった。

「えへへ~、睡蓮様大好き!」
「童もじゃ」
 睡蓮様もか…。
 一緒の好きじゃなくてもいい。それが友情としての好きでも…今一緒に過ごせるなら、欲は出さないし、口にもしない。
 考えるのをやめて目をつぶることにした。それと同時に睡蓮様の頬はフグのように膨らみ、リンゴのように火照っている。いま綾人が見ればかわいいと言うのだろうが、意識が落ち、見ることも睡蓮様が考えを覗けるのも忘れて…。





「ねぇ!睡蓮様!一緒に遊ぼう?」
「よいぞ」
 今俺らは身に覚えのない遊園地にいる。空には童謡に出てくるような星がずらずらと四方八方に乱れている。しかし、その現象をおかしいと思わない。心から普通と考える。これこそおかしいものなのか。俺には分からない。
「最初はジェットコースターでしょう!」
 俺の言葉に睡蓮様が元気よく「うん!」といつもとは違う口調で話していた。それでもなお、俺は違和感を持てなかった。
 ジェットコースターの前に来ると何人もの行列があった。
「睡蓮様!待っている間、話してよ?」
 そう問いかけると…。
「もういけるぞ」
 言われ意識を向けてみると前に人がいなくなって、後ろを振り返るとたくさんの行列が連なっていた。
「睡蓮様レッツゴー!」
 手を優しく引っ張り、前にいた職員さんのもとへ。誘導され、椅子に座ると安全バーを下げてくれた。
「それでは~、間もなくKANZYOSTAR出発~!」
 ガタンガタンとゆっくり無造作に揺れながら前に進む。
「睡蓮様、怖いですか?」
「怖い…手をつないでもいい?」
 突然、睡蓮様は甘えてきた。いつもと違う…。かわいい!
「だめか?」
「い、いいですよ!」」
 夢か?夢なのか?でも、かわいいから何でもよし!
 途中一周回ったり、逆さまになったり、わくわくするものがたくさん!
 睡蓮様も子どものように声を出して叫んでいた。まるで女の子の声。

 しかし、楽しいことはすぐ過ぎてしまう。時を気にしたとき、腕時計は、短い針が右上を向いて六時を過ぎたことが確認できた。そう認識した。

「もう終わりですね…睡蓮様」
「そうじゃな。あやくん」
 …今日の睡蓮様は、俺のことを「あやくん」とあだ名をつけて呼んでいた。いつもと違うのに違和感がない。なぜだろうか…。

「あやくん、もう時間だ…。さようなら」
「なんで??まだ楽しもうよ!」
「本当の童があやくんを呼んでいる」
 本当の童?どういうことだ目の前にいるのは誰だ。…本当に誰だ?
 その瞬間頭の中では先ほどまでの記憶が崩壊し、何をしていたかが思い出せない。そして目の前にいる睡蓮様は睡蓮様の姿をしているが気持ちでは睡蓮様ではないと否定している。
「また会えるといいね。あやくん」
「そうだな…。次は君の本当の姿で」
 その者は最後に勢いよく「うん!」とだけ答えた。

「綾人よ!起きたか。うなされていたから心配したぞ!」
 そこにいたのは本当の睡蓮様。
 愛しくて俺の大好きな睡蓮様。

「睡蓮様だ!大好き!」
「なんじゃ!?…でも、ありがとう。童も大好きじゃ」
 
 その言葉、声が聴けたなら満足だ。睡蓮様の愛は嘘でも伝えてくれるだけで嬉しい。ありがとう。