君を見つけたあの日から

「あ、ラナンキュラス。何してるの?」
 鳥居の奥にある階段から徐々に姿を現す者がいた。
「エヤミちゃん!お久しぶり!」
 ラナンキュラスの仲間だろうか。ということは神様か?

「綾人くん、この子はエヤミ。南弱町(なんじゃくちょう)病薬(びょうやく)神社の病の神様よ」
「なんじゃく町ってこの町から一番遠い町じゃん。しかも結構人気なところ」
「そうね。ここは四つの町で分けられていてここからだと真反対の位置だものね。わざわざ来てくれてありがとう。連絡して良かったわ」
 神様勢ぞろいだ…。初めましての方が多い。

「おーい!お前ら俺のこと無視するんじゃねーよ!」
 邪神のツッコミによってのほほんとしていた空気が再び固い空気に切り替えられた。

「エヤミちゃん、私たちがエヤミちゃんの援護をするから、封印は任せてもいい?」
「分かったのだ」
 エヤミという神はラナンキュラスから信用されているのだな。それほど付き合いが長いんだろう。
「邪神!私を見て!」
 また、誘惑を使って視点を固定させた。あまり戦闘で使っていなかったおかげで対策するには時間がかかるはず。
「汝、思い、記憶、体、すべてを封じこの世界から立ち去れ」
「これで完了かな~」
 さっきまでの嵐が収まって和気あいあいとした雰囲気を醸し出している。

「いや、まだ空気中に邪神が残っているよ」
「一応、封印の呪いをばらまいておくよ」
 封印の災い?ばらまく?なぜ?綾人は、疑問ばかりが出てきて頭は混乱した。

「今は、邪神がいないように見えているけど、空気のなかに散りばめられている気が集まれば、さっきの半分以下だけど存在を現すことはできる」
 エヤミの説明でやっと理解できた綾人は縦に頭を振って理解を示した。

「己、欲に溺れず、自身を封じ込め」
 厄が口ずさむと霧ができてから厄の萌え袖の前に丸く円のように集まり圧縮された。
「ラナンキュラス、空間排除の円を出して」
「いいわよ~」
 すると、ラナンキュラスの胸元から真っ黒な、いかにも吸い込まれて消え去りそうな円形の輪が出てきた。そして厄が邪神の塊をその中に投げ込んだ。

 やっと終わるのか…。空間排除の円?
 安堵したが、厄の言葉に疑問がわいた。字だけを見れば予想自体はできるが確証はない。

「それよりも!睡蓮様!」
 俺はみんなよりも早く社の扉を勢いよく開き、大きな音が響いた。しかし、睡蓮様はそれとは真逆な状態。静寂に包まれた存在。
「睡蓮様!」
 睡蓮様の肩にそっと腕を回し入れて体重を支えるように抱きかかえる。微かに心臓が動いていることは分かる。


「綾人!キス!キスをすれば起きるはず!」
 背後にいたラナンキュラスが俺の肩に手を置いて言った。
「キス!?するの?!」
 慌てながらも睡蓮様の身の安全を確認したい。だからこそ、素直にラナンキュラスの言葉を信用しようと決意した。
「人間界で言う目覚めのキス!」
 ラナンキュラスはきっと王子がお姫様の目覚めにしたキスの話をしているのかな。神様にも通用するのか?

 綾人はキスをする行為への恥より睡蓮様と一刻も早く話したい、声を聴きたい、生きていることを証明してほしい。そういった心が前進し、ラナンキュラスの言葉を鵜呑みにすることしかできなかった。
「睡蓮様目覚めて!……んぅ」
 前にキスをした時とはまた別の感触…頬よりも唇のほうが温かく、甘い味がする。睡蓮様の唇は気持ちいい。

「ほほぅ」
 ラナンキュラスが興味の目線を俺らに向ける。しかも、ニヤニヤしている。だが、俺はキスをしたこと、睡蓮様のことで頭がいっぱいなせいでそんな光景を見る余裕すらなかった。時間感覚も狂った少しの間。ゆっくりと暖かい唇を離して安堵につく。

「睡蓮ちゃん!おはよう」
 キスの快感を堪能している最中、睡蓮様が目を開けて俺たちに視線を送った。そして、多少の沈黙があった。睡蓮様は話すタイミングを失ったせいで、少しあたふたしている。

「え、あ、おはよう」
「キスの感想はどうだった?」
「ラナンキュラスが急に言うから…」
 え?てことは睡蓮様、起きていたということなのか?

「睡蓮様?ラナンキュラス?少しそこに正座しなさい」
「「はい」」
 説教のような声色で二人を正座(せいざ)させた。その後二人は静かに俺の話を聞いて反省を見せてくれた。しかし、ラナンキュラスがノリで仕向けて睡蓮様はなぜ了承して寝たふりのようなことをしたのだろうか。そこだけが疑問になった。
 綾人は二人の説教を終え、そのことについてなぜなのか考えながらボロボロになった社から出てまたボロボロになった石道を無意識に転ばずに歩いた。
「綾人!」
 背後からの言葉に反応して振り返ると…。

 またさきほどのような甘く温かい感触が全身で感じた。覚えがある。嬉しくて恥ずかしくて、焦ったときの記憶だ。でも…、睡蓮様からのキス⁉そのことで頭がいっぱいになり、瞬時に離れた唇を止めることができず、口に手を向けて恥ずかしがるので精一杯だった。
「綾人よ、愛している」
 その言葉はいつもよりも、いや今までより気持ちがこもったものだ。俺は睡蓮様の気持ちに身をもって応えられるように、呼吸を整え「俺も!」と満面の笑みと共に気持ちを伝えた。

 こんなに嬉しい気持ちはいつぶりだろうか。能力が判明する前までは家族に愛されていたのに…。でも…。
「綾人よ、もうそれ以上考えるではない」
 そうだ、睡蓮様は俺の考えていることが分かるのか。
「ごめんなさい。睡蓮様」
「よいぞ。して、綾人よ、急じゃがこの後始末を行わないと今日寝るところはできないぞ」
 邪神との戦いの残骸は荒々しく、到底暮らせる状態じゃない。


「どうしたのだ」
 その声は光る天から降り注ぐところから聞こえ、羽の生えた天使のような格好をした者がそこにいた。
「わたくしは大天使リリー。この四つの町を束ねる言わばトップよ。突然なんだけど、綾人という少年よ。この度はありがとう。謝礼として何か二つ願いを聞きましょう」
 謝礼か、何かあるかな…。いやある。今一番困っていることがある!

「では、大天使リリー様にお願いがございます」
「リリーで大丈夫よ」
「あぁ、じゃあ、リリー様。見ての通り戦ってこのありさまです。ですので、元通りにすることは可能でしょうか」
 そう、このありさまでは睡蓮様と暮らすことも難しい。今だからこそ頼めるものだろう。
「よろしい。ではその願い聞き届けましょう」
 リリー様は大きな羽を伸ばし上空に昇った。そして…。

「我、大天使リリーが申します。この声を聴く大地のみな、戻したまえ、大地の絆」
 その途端、リリー様の声に応じたのか大地が動き、些細なところも見逃さずに元に戻った。
 ひとまず睡蓮様と俺は戻ってきたリリー様にお礼も兼ねて深々と頭を下げて感謝を伝えた。

「いいのよ。さて、あとひとつは何かしら?」
 俺はん~、と唸って考えているなか、睡蓮様が物申した。
「リリー様、童から言ってもよろしいでしょうか」
「いいよ」
「綾人の能力を消滅してはくれませんか。今回、綾人の能力で助かったのは事実。しかし、綾人は能力に少し嫌な思い出がございます。今後、綾人と関わっていくうえで、能力を無くすべきと判断しました」
 睡蓮様の言葉にも一理ある。この能力は結局家族間で今の状況になる火種だった。

 しかし、失うよりも得ることの方が多かった。その一番は睡蓮様に出会ったこと。だからこそ、俺は能力があって良かったと考えている。でも、能力を無くすのは嫌だ。もう今後また今回みたいな状況になった場合、対処ができなくなってしまう。あと、睡蓮様を守りたいのに守れなくなってしまう。そんなの嫌だ。
「俺は残していたいと思っています」
「睡蓮よ、綾人はそう思っているらしいが、どう思う」
「綾人自身、残しておくと思うのならば、童からいうことはありません」
 能力を与えるという願いはどうだろうか。
「その質問に対しては、できるぞ。しかし条件として能力は一つのみ」
「…では未来予知はどうでしょうか」
「未来予知か。いいよ」
 この能力があれば…。

「我、大天使リリーが申す。この声を聴く生命よ。能力を分け与えよう」
 その言葉を聞いた瞬間、体の奥から温かい何かが湧き出るような感覚があった。これで未来を見ることができるのか。

「能力については、感覚でわかる?」
「はい、分かります。リリー様、ありがとうございます」

 この能力を持っていれば、今後睡蓮様を助けられる。リリー様、本当にありがとう。

「では、わたくしは戻ります。皆さんさようなら」
「「はい!またお会いしましょう!」」

 目の前にいたリリー様は、もういなくなってしまった。辺りを見回すと邪神の来る前の静かな状態に戻っていた。その後は、ラナンキュラス、幸と厄を見送り、睡蓮様と一緒に社で一息ついた。

「もう、終わったね」
「そうじゃな。綾人よ、本当にありがとう。」
 改めて感謝を伝えられて恥ずかしくなった。しかし、また睡蓮様との距離が縮まって嬉しい。

 俺は小柄な睡蓮様の肩を借りてゆっくりと目を閉じて眠りについてしまった。その寸前に言われた言葉などは聞き取れずに…。

「本当に愛しているぞ、綾人よ。おやすみ」