心が読める私と秘密を知った彼

 [あれ? 亮太(りょうた)と一緒に居る子は誰?]
 そんな心の声が、後方より聞こえてきた。
 亮太? 確か長谷川くんの下の名前だったよね? この声は女性。え……、もしかして私、一緒に居たら迷惑じゃあ……?

「あ、あのね。後ろから女性の声が……」
 私は彼の元に駆け寄り、慌てて声をかけた。するとその足はピタリと止まり、こちらに体を向けてきたかと思えば。

「お前、帰れ!」
 眉間にしわを寄せて、私の顔を睨み付けてきた。
「え……?」
 理解が追いつかず、そんな言葉しか返せずにいると。

「いいから帰れ!」
 鞄を私から引き剥がし、肩を掴まれ進行方向と反対に転回させられる。それは言葉と同じく、帰るようにと強く伝えられているのだと分かった。
 突然の拒否に、胸がズキンと痛む。
 別に、私の境遇を可哀想とか思って側に置いてくれている訳ではないと、重々分かっていたはずなのに。
 この突き放される感覚は、幼少期の記憶を彷彿させ、思わず目頭が熱くなってしまった。
 しかし。

 [おい、マジかよ! ヤベーぞ!]
 不意に聞こえたその声に涙は引っ込み、初めて聞く長谷川くんの焦った声に、呆気に取られてしまう。
 それは、怒っていると言うより焦っているように感じ、私の肩を持つ手まで震えているようだった。放たれる素の心の声に、次は何を思うのだろうと、私は初めて人の心を聞き入っていた。

 ペシン!
 だけど、聞こえてきたのは心の声ではなく、頭上に響く鈍い音と、「いてぇ」と漏れた声だった。

「あんたぁ! 女の子に何言ってんの! そんなふうに育てた覚えないわよ!」
 声がする方に恐る恐る視線をやると、そこにはスーツに身を包んだ一人の女性。
 背が高くて、華奢で、キリッとしてて、そして長谷川くん以上の尖った目付きで、彼を睨みつけている。どうやら、この女性が長谷川くんを叩いたようだ。

「うっせーな! ……それよりお前は帰れ! 早く!」
 長谷川くんは叩かれたにも関わらず、女性より私を帰らせることに夢中になっているようだった。一体、どうしたのだろう?

 [あ……れぇ? え、この子? ……あっ!]
 そんな声を響かせながら、女性は私をまじまじと見つめてくる。
 え?

「彼女! やるじゃない!」
 次に女性は、にこやかに長谷川くんの背中をバシバシと叩き始めた。

 [痛ってぇー! ふざけんなよ、マジで!]
 その叫びが、感じた痛みを伝えてくれる。

「んなわけあるか! こいつはただの同級生……! ぐぇ!」
「ごめんねー! この子、口は悪いけど根は良い子だから!」
 詰めかけた長谷川くんの首根っこを掴み、私に笑いかける女性。華奢な体で、大柄な彼の体を軽々と抑え込んでしまうその姿に、私はただ唖然としてしまった。

「えーと。長谷川くんのお母さん? ですか?」
「お前に関係ねーだろ! さっさと帰れ……! ぐぅ!」
「ごめんね。仲良くしてやってねー」
「……はあ」
 私は言葉に詰まってしまう。美しく笑うその表情で彼の鞄を顔に押し当て、その言葉を塞いでしまったからだった。

「あ、じゃあ、また」
「明日の朝な! おい、逃げるなよ!」
「『明日も来てね、待ってるから』でしょう! ごめんねー。また今度、遊びに来てね!」
「勝手なことばっか言うなよ!」
 また私のせいで親子喧嘩が始まりそうだったので、慌てて退散する。お母さんに会わせたくなかったから、早く帰らせたがっていたのか。なんだ。
 気付けば足取りは軽く、オレンジ色した空も何だか綺麗に見えた。