心が読める私と秘密を知った彼

 文化祭の一日目の予定が終わった夕方。
 私は廊下の窓より、オレンジ色した夕焼けをただ眺めていた。
 明日の準備を終わらせた同級生達は下校していて、当然ながら南ちゃんも絵美ちゃんも私を待ってなどいない。
 ── 全てを終わらせたい。
 そう強く念じた。
 鳴いていた蝉などとっくに居なくなり、私は一人。
 生き残った存在なんて。みんなと違う私なんて。耐えられない。
 私には、この苦しみを分かり合える人なんていないの。
 だから……。
 窓を開けると冷たい風が体に吹き付け、見下ろすとその先には白いコンクリート。
 両手に体重をかけて両足を浮かせると、その高さはより顕著に感じ取れた。
 ドクン。
 あの時と違い、鳴り響く心臓の音。
 ああ。私はやっぱり……。

「やめろ!」
 その声と同時に私の体は ふわっと浮き、長谷川くんに後ろから抱き抱えられる。
 そのまま足が地面に付くと、長谷川くんは私の肩を掴んで彼の方に向けてきた。

「もうやめろよ! 飛び降りるなんて馬鹿なこと! そりゃ、相手の気持ちが分かるなんて辛いよな? 上部では調子良いこと言ってるくせに腹の中は真っ黒で。汚ねーことばっか考えていて。そんなの目の当たりにしたら、何信じて良いのか分からなくなって。息も出来ないぐらい苦しむこともあるよな? けど、負けんなよ! お前は一人じゃないんだからよ! ……お前の母親と、お前は違うだろ! 男に媚びへつらってるなんて考えたことねーから! 親の不仲は、お前のせいじゃないだろ? だから、生まれて来なければ良かったなんて、そんなこと思うなよ!」
 その目力は強く真っ直ぐで、こんな真剣な表情初めて見た。
 ごめんね。やっぱり、そうだったんだ。

「あの時も。具合が悪いフリをした時も、止めようとしてくれたんだよね?」
「……は? え? お前!」
「ごめん。嘘。もう飛び降りようなんて、思わないよ。だって、もう一人じゃないから。そうだよね、長谷川くん?」
「あ、いや。待て! 違う! だから……」
 長谷川くんは明らかに私から目を逸らし、唇をぐっと噛み締める。
 嘘、吐き慣れていないのだろうな。
 だから、これ以上困らせたらいけないよね。

「……あなたも心読めるんだ?」
 私の言葉に、今度は体全体を震わせている。そして。
[やばい。やばい。やばい。いや、考えるな! ……どうやってごまかす? だから考え……]
 彼のお母さんと対面した時みたいな、焦った声が聞こえてきた。
 これが長谷川くんの素の声。
 言葉も心も、そして態度も同じ人。
 なんだか、ホッとするな。

「私、両親と上手くいってないことは誰にも話していないよ。お母さんのことも。だから、知っている理由は一つ。心の声を聞いてくれていたんだね」
「……俺から聞き出す為かよ。今度は間に合わないかと、飛び出してしまったじゃねーか」
 はあー。と溜息を吐きながら座り込む姿は、いつもの尖った表情ではなく、どこか安心してくれているように見えた。

「あの日は突発的だった。だから、以前から気にかけてくれていたんじゃないかなって。委員会が終わるまで待ってくれていたり。気付けば一年生の頃からやたら学校に居たし、なんか見てくれているような気がしていたんだよね。どうして気にかけてくれたの? 放っておいても良かったんじゃない?」
「お前の心が悲鳴を上げていたから。人間だから不意に嫌なことを考えるのは分かるけど、あんな悪意丸出しの考え聞いてて気分悪かった」
 そう言う彼は窓より遠くを眺めていて、その目は……。

「そうだよね。相手の剥き出しの本音が聞こえてくるなんて、普通耐えられない。……だから、いつも目と声を尖らせているの?」
「はあ?」
「長谷川くんも、傷付いて生きてきたよね?」
「別に」
 プイッと背けたその表情はあまりにも切なくて、やはりそうだったのだと胸が締め付けられる。
 あの時くれた胃薬は、いつも彼が飲んでいた物。薬をお守りにしていたのは、私だけではなかったんだ。
 それに。

「……お母さんも力持ってるよね? 私を見て、『あれ? この子』と思っていたみたいだし。お母さんが、『私の心が聞こえる』と思ってしまったら、その思念で気付いてしまう。だからあの日、私を帰そうと必死だったんだね? ……近くに、自分の心読んでくる人がいるのはどんな気持ちだった? 長谷川くんは、私よりもっと大変だったよね?」
「別に、うちは。互いに腹の中は分かってるから、バカみたいな嘘は止めると決まってるだけだし」
 長谷川くんはそう言うけど、実際には言い尽くせない苦悩があったと思う。
 過去に、「もしかして自分以外にも心を読む能力者が存在したら」と思考を抑えた頃もあったけど、そうすると余計に心が荒んでいった。

 やっぱり人間は、考えるのを放棄すると生きていけないんだなって。
 でも彼から、心を読んだのは僅かだった。いつも、いつも。その心を無にするように、努めていたのだろう。