心が読める私と秘密を知った彼

 十月上旬。衣替えによって半袖カッターシャツからブレザーとなり、秋色になった教室。
 文化祭前日となる。初めは乗る気じゃなかったクラスメイトも、色々と決まっていく中で盛り上がり、準備を積極的にしてくれるようになった。

 看板制作、教室の配置替え、調理器具の準備が終わり、後は買い出しに行くだけ。
 焼きそばのソース、容器、割り箸とかは事前に買ってあるけど、生物である麺、豚肉、キャベツ、紅生姜などは前日と決めており既にスーパーに注文してあった。それを受け取りに行き支払いをして、家庭科室の冷蔵庫に入れて置く。それで前日準備は終わりだ。

 買い出し係に決まった、南ちゃん、絵美ちゃん、長谷川くんに教室で待ってもらって、私は先生より材料費の入った封筒を受け取りに行った。
 一時はどうなるかと思ったけど、文化祭出来そうだな。
 気付けば頬は緩み、軽い足取りで階段を登っていた。
 すると。

 ……あ。
 二年生の教室がある四階に着くと、嫌な気持ちが聞こえてきた。長谷川くんを困らせようとしているその声が。
 どうしよう。私が教室に帰ったら、「その提案」をされてしまう。
 嫌だ。そんなことしたくない。でも戻らないのは不自然過ぎる。どうしたら。
 階段横でしゃがみ込んでいたら、視界に入ってきたのは黒いズボンに大きな上靴。

「……封筒よこせ」
 そして、この声。
 いつもの尖りはなく小さく繊細な調子に、私は何も返せなかった。

「さすかにパクったりしねーから」
 明らかに私から目を逸らしてくるその姿に、私は逆に目が離せない。

「そんなこと心配してないよ!」
「マジになるなよ? 女子に合わせてたら遅せーし先行くわ」
 私から封筒を受け取り、一人で歩き出す長谷川くん。なんか、その背中が全てを察しているようで。

「すぐ追いかけるから!」
 私は思わず大きな声で叫んでいた。

「だから、マジになるなって。大丈夫、材料は冷蔵庫に入れといてやるから!」
 そう言い、階段を降りて行った。

「あいつ一人で行ったんだ」
 背後より、その狡猾な声が聞こえてくる。
 あ、来た。
 私は、恐る恐る振り返った。

「もうあいつの言いなりなるの、やめようよ?」
「今日で終わりにしよう」
 そこには南ちゃんと絵美ちゃん。その表情は、まるで何かに取り憑かれているかのような悪意で満ちていた。

「私は大丈夫だから! それより早く行こう! 麺とかキャベツとか重いし!」
 私は追いかけようとするけど、二人は動こうとはせず話を続けた。
「あんな奴の言いなりになる必要ないじゃん!」
「助けてあげるから」
 聞こえる。この話は私の為じゃない。これは。

「ううん。困ってないから」
 強制的に話を終わらせる為に、私は階段に向かって走り出そうとすると。
 クイっと腕を掴まれ、悪魔のような提案をされた。

「あいつだけに行かせようよ」
「少し困らせてやって、真子の気持ちを分からせてやったらいいじゃん」
 クスクスと笑う姿に、私の体はどんどんと冷たくなってゆく。
 ……聞こえる。
 あいつ一人を買い出しに行かせて困らせてやろう。キレて帰るだろうから、材料がなく明日屋台は出せないだろう。そしたら、あいつがお金を着服したことにして、言い逃れしてやろう、と。
 酷い。
 どうして、そんなこと思いつくの?
 長谷川くんのことも、私のことも、気に入らないなら直接言ったらいいじゃない? それなのにどうして?

「……確かに。長谷川くんは口は悪いし、ぶっきらぼうだけど、本当は優しくて、私達と同じように心を持っているんだよ? それなのに、そんな。そんなことされたら、傷付くに決まってるよ」
 私は、込み上げてくるものを抑えながら二人に思いを伝える。
 お願い。やめて。
 私、あなた達を嫌いになりたくないの。

「は、何? こっちは真子の為に言ってあげてるのに?」
 その瞬間、空気のピリつきに気付く。
 そして聞こえてくるのは、私を見下す心。
 あ。私と友達になったのは、やっぱりそうゆう理由だったんだ。
 なんだ。そっか。
 なんなんだろう。この虚しさ。
 今まで何を取り繕っていたのだろう?
 本当は分かっていたよね? 気付いてて知らない振りしていただけだよね?
 あ、もう。だめだ。
 もう。

「聞こえていたから……」
「は?」
「私はずっと、心を……!」
 後ろより伸びてきた手によって閉ざされた口は、その溢れそうな言葉を優しく受け止めてくれた。

「おい! 早く来いよ! こんな、やる気もない奴らに割く時間ねえから!」
 そう言い放った長谷川くんは私の制服の袖を掴み、ドカドカと階段を降りていく。
 校門から外に出たら、また空はオレンジ色で、それが柔らかくて、私を引っ張ってくれる彼みたいに優しくて、余計に目が染みてくる。
 だから、ずっと俯いている私は、目を閉じ、口を閉じ、ただその手に身を任せていた。
 危なかった。あのまま口を塞いでくれなかったら、全てを言ってしまうところだった。
 そうなれば全て終わり。
 心を読まれるのを恐れ、みんな私から離れていくだろう。
 ……うちの両親みたいに。
 私はスーパーの裏口で待たせてもらい、受け取りは長谷川くんがしてくれる。
 私は待っている間、オレンジ色の空を見ることは出来ず、ただ俯いていた。