見世蔵のつつじ姫 〜異能なし令嬢は、東宮さまに溺愛される〜

「で、この後?」
「この後、って?」
「卒業後、どうする心算(つもり)なの?」

 何気ない問いだったのだろう。
 志乃の目は、まだ猫女給(メイド)たちの観察の方へ向いている。

 けれど紬路(つつじ)の耳には、ひどく重たく落ちた。
 今の紬路(つつじ)には、答えがないのだ。

 華族の娘にとって行く末とは、(ほとん)ど嫁ぎ先のことだ。
 どの家へ入り、誰の妻となり、どんな縁を結ぶのか。
 それが定まらぬ娘は、まだ何者でもない娘として見られる。

 志乃には悪気がないと判っているのに、勝手に傷が開く。

 そんな自分が卑屈(ひくつ)で、(いや)だった。

 紬路(つつじ)は、ぼんやり店内へ視線を移した。

 笑い(ざわ)めく客。
 軽やかに働く猫女給(メイド)たち。
 人が人を呼び、流れがまた次の客を連れて来る。

 足(もと)には本物の黒猫が、我が物顔で店内を闊歩(かっぽ)していた。
 艶やかな黒毛に光を吸い込み、人の喧騒など知らぬ気に、椅子の脚へ身を寄せている。

 この店には、誰かに選ばれるのを待つ(ばか)りではない熱がある。
 自分の力で金を稼ぎ、在りたい居場所を自由に選ぶ人々が(つど)っている。
 それが眩しくて、羨ましい。

「……まだ、よく判らないの。だから、こういう場所も見ておこうと思って」
「……は?」

 志乃が、今度こそ目を丸くした。
 その反応だけで、紬路(つつじ)はひとりでに次の言葉を想像してしまう。

 ――華族令嬢が、店を。
 ――まるで見世物のようですわね。

 女学校の娘たちが、如何にも口にしそうな言葉を。

 どうやら父が退官してからというもの、突然浴びせられるようになった噂の傷は、余程深いらしい。

 けれど、他の客たちもまた、楽しげに卓を囲んでいる。
 働く娘たちさえもにこやかに笑っていた。
 其処(そこ)には卑しさなど、どこにも感じられない。

 (ただ)、人が集まる場所がある。

 誰かが考え、整え、客を招く。
 また来たいと思わせている。

 それは立派な商いなのだった。