見世蔵のつつじ姫 〜異能なし令嬢は、東宮さまに溺愛される〜

 都の西、蔵屋敷街。

 姉の婚家、佐伯(さえき)家が川沿いに持つ土手蔵(どてぐら)群。
 (なな)ツ蔵と呼ばれる並びの一角に、その店はあった。

 猫耳の娘を描いた大きな看板が、茶目っ気を含んだ眼差(まなざ)しで往来を行く人を誘っている。
 左右に開かれた暖簾(のれん)の奥には、(テーブル)と椅子が戸口の外まで張り出していた。

 通りの風も、客の笑い声も、店と街の(あわい)で混ざり合う。
 足を止めた者が、躊躇(ためら)いがちに暖簾(のれん)をくぐり、やがて同じように腰を下ろす。
 客が客を呼ぶ、利口な開放式(オープン)純喫茶(カフェー)だった。

 人も荷も、流れに押されるように動いている。
 呼び交わす声は途切れず、街そのものが浮き立っていた。

 馬車が静かに止まる。

 紬路(つつじ)は車上から、七ツ(にゃんにゃん)純喫茶(カフェー)の看板を見上げた。

直橘(なおきつ)!」
「はい、お嬢さま」

 呼べば、すぐに応じる声があった。

 直橘(なおきつ)は、和泉(いずみ)家に仕える家司(けいし)の子だ。

 いずれ紬路(つつじ)何処(どこ)ぞへ(とつ)ぐとき、共に引き取られる(はず)の身でもある。
 そこで働きを認められれば、父と同じ家司(けいし)の職も望めるだろう。

 直橘の先々は、少なからず紬路(つつじ)に懸かっている。
 自分がいつまでも行き場のない娘でいれば、彼の行き場まで曇らせる。

 なのに今の直橘は、外出を好む紬路(つつじ)に連れられ、彼方(あちら)此方(こちら)へ引き回される日々だった。

 七ツ(にゃんにゃん)純喫茶(カフェー)の前は忙しない声が飛び交っている。
 恰度(ちょうど)荷降ろしの最中だったらしい。
 商人たちが声を張り上げている。

三ツ蔵(みつくら)に運び込め!」
「急げ、日が暮れちまうぞ」
「そっちは帳場(レジ)へ回せ。数を違えるなよ」

 まわり込んできた直橘(なおきつ)の手で、馬車の扉が静かに開かれた。

「お嬢様」

 差し出された手を取り、紬路(つつじ)は馬車から降りる。

「お嬢様」

 紬路(つつじ)は、その(てのひら)へ、指をそっと掛けるように重ねた。
 受け止める手は確かで、揺らぎがない。

 場違いな洋装に、陽光を照り返す白い梭織(ボビン)洋紗(レース)の日傘。

 その姿は、この界隈の喧騒の中では、猫娘の看板よりも更に異質めいて見えた。

 行き交う者の足が、ほんの僅かに遅れる。
 重い荷を肩に担ぐ男が、ふと視線を寄越す。

 年の頃は、十六。

 誰もが――
 日傘の振り()くあえかな淡い光に幻惑され、つい足を止めてしまう。
 傘の下の愛嬌を、一度(ひとたび)目の当たりにすると目が離せなくなる。