見世蔵のつつじ姫 〜異能なし令嬢は、東宮さまに溺愛される〜

 卒業以降、女学校の同級生たちが(ささや)いている、自分の噂。
 それをふいに思い出した途端、紬路(つつじ)(にわ)かに()ずかしくなった。

 ――(みやこ)(いち)(きさい)がね、と持て(はや)されていたのにね。
 ――異能なし、縁談なし、行き場なし。
 ――実は、罪人の娘だそうよ。
 ――見目(ばか)りの飾りだったのでしょう。

 噂雀(うわさすずめ)は、他人(ひと)の誉れより(つまず)きを好む。

 まして、一度は華やかに持ち上げられた娘が、肝心なところで取り落としたとなれば尚更だった。
 (ほま)れそやされた名残が大きいほど、失敗の味はねっとりと甘くなる。
 表では気の毒そうな顔をしながら、裏では派手な転落を面白がる。

 そんな娘たちは、少なくなかった。

 中には、父が大罪を犯したのだと言う娘さえあった。

 聞きたくない噂に耳を(ふさ)いでも、女学校という箱庭に逃げ場はない。
 友人の友人は、必ず誰かに(つな)がっている。

 廊下の端。
 教室の隅。
 花壇へ向かう小道の途中。
 誰のことかは明らかな調子で、ひそひそと舌が動く。

 振り向けば、今しがたまで笑っていた娘たちが口を閉ざす。
 歩み寄れば、話題がするりと別のものに差し替わる。
 背を向けた途端、まだ続いているのだと()ぐに知れる。

 そうしたものは、卒業と同時に終わるのかと思っていた。
 しかし、全く(もっ)て、そうでもなかったのだ。

 それも今や、噂の的は、縁談も(つと)めもない紬路(つつじ)自身だ。

 誰かの居間で。
 茶会の帰り道で。
 呉服店の奥で。
 結納の席の片隅で。
 噂は顔も知らぬ誰かの口に乗り、いつの間にか別の形に(ふく)らんでゆく。

「あの人、東宮(とうぐう)妃候補から転落されたの!」

 何をしても、正しくは受け取られない。
 ならばせめて、美しく背を伸ばしている(ほか)ない。
 友人たちの前でさえ、表情を崩さない。

 そういうことを覚える場所が、女学校だった。

 けれど、聞こえてくる話の裏側で、何かが少しずつ削られていく。
 選ばれぬ娘なのだと、そう思わされる日々は、薄い毒のように長く、紬路(つつじ)の内へ沈んでいた。

 蝶よ花よと育てられた。
 やんごとなき御君(おんきみ)に選ばれる娘だと、誰からも信じられ、自らも信じて来た(はず)なのに。