見世蔵のつつじ姫 〜異能なし令嬢は、東宮さまに溺愛される〜

 佐伯(おう)の六条別邸の奥座敷には、見慣れぬ紗絹や薄紗、それに仕立て上がった見本用の洋装が幾つも運び込まれていた。

 午後の光が、白一色の布地を淡く照らしている。
 どれも白でありながら、一つとして同じではなかった。

「白、というのは、難しいのね」

 瑠衣(るい)が面白がるように言った。
 対面に座る洋装仕立屋(ドレスメーカー)は、静かに(うなず)く。

「はい。初披露目(デビュタント)の装いは、純白と定められておりますから」

 幾枚かの布が、卓の上へ広げられる。
 紬路(つつじ)は、その一枚一枚に視線を落とした。

 柔らかく(かす)む白。
 冷たく光を弾く白。
 (ほの)かに青みを帯びる白。

「形で差をつけることも出来ましょうが、本当の勝負は生地でございます」

 白では染めで誤魔化すことも、柄で逃がすこともできない。
 織りと糸の全てが、そのまま現れる。

「こちらは英国(イギリス)からの品で……」
「……いえ」

 説明の途中で、紬路(つつじ)はそっと首を振った。

「光が強すぎますわ。舞踏の灯りでは、(かえ)って浮いてしまう」

 指先で、別の布へ触れる。
 ごくわずかに光を含みながら、決して主張しすぎない白だった。

「まるで正絹(しょうけん)の羽二重みたい。……こちらは?」
「……お目が高い。仏蘭西(フランス)の織りでございます。糸の()りを抑えて、光を柔らかく返すようにしておりまして」

 成程(なるほど)、と紬路(つつじ)は思う。
 光を弾くのではなく、受けて、返す。
 それでいて、輪郭は崩れない。

 左回りの円舞曲(ワルツ)
 回転の中で、裾が遅れてついてくるようでは重すぎる。
 とはいえ、軽すぎれば動きに品が出ない。

 男女の距離が近すぎるため、今も()(くに)の上流階級の一部では好まれぬ舞だと聞く。
 だが、佐伯翁の言いつけであるからには、何か理由がある。

 背に回された手に囲われ、一歩ごとに重心を預け合う。
 呼吸も、拍も、(わず)かな体の傾きさえも悟られる。
 外から見ればただの舞踏だが、その内側では、二人だけが知る(ひそ)やかな均衡が保たれる。

「動いたときに、遅れず、騒がず――それでいて、消えないもの」

 独り言のように呟く。
 隣の瑠衣(るい)が、ふっと笑った。

「ずいぶん難しいことをおっしゃいますのね」
「難しくなければ、意味がないわ」

 初披露目(デビュタント)が全員白である以上、目を惹くことはできない。
 ならば、目を留めさせるしかない。

 その違いは、ほんの(わず)かだ。
 針の穴に一点、糸を通すように見極めねばならない。

 紬路(つつじ)は更に絹を()り分けてゆく。
 糸の締まり。
 織りの密度。
 光の含み方。

 どれもが言葉にする前に答えを示していた。

「……此方(こちら)にいたしましょう」

 最後に残った一枚を、静かに(テーブル)の中央へ置く。

 それは、限りなく澄んだ白だった。
 けれど冷たくはない。
 光を受ければ、わずかに内側から(とも)るように見える。

「お嬢様、飾りは最小限でよろしいでしょうか」
「ええ。余計なものは要りません。洋紗(レース)はつつ屋の仕入れ品を何でも好きに使って」

 瑠衣(るい)が、片眼鏡を押し上げながら(うなず)いた。

「なるほど。紬路(つつじ)さまらしい選び方ですわね」

 紬路(つつじ)の胸の奥には、静かな確信があった。

 ――美しいものは、一番目立つものではない。

 ただ、その場にあって自然に際立ち、目を留めさせるもの。
 動きの中で崩れず、光に溶け過ぎず、あえかな印象にだけ宿るもの。