見世蔵のつつじ姫 〜異能なし令嬢は、東宮さまに溺愛される〜

 今、和泉(いずみ)の屋敷に母の姿はない。

 (すで)に隠居し、分家との細い付き合いを残す(ばか)りだ。

 代わって家を預かるのは姉の椿(つばき)と、その婿となる(はず)許婚(いいなずけ)、佐伯霍成(かくなり)である。
 義兄は左大臣子息で、都の警備を司る右近衛(うこのえ)中将(ちゅうじょう)でもあった。
 家の流れは、静かに次代へ移っている。

 けれど主屋(おもや)の一室、紬路(つつじ)の部屋だけは、屋敷の中に取り残されたように何も変わっていない。
 桜の季節に女学校を卒業した、あの日のまま。
 調度も、(しつら)えも。

 今はもう、紬路(つつじ)を偏愛した母も使用人もいない。

 だのに、一つ大きな変化がある。

 紬路(つつじ)は、もう東宮(とうぐう)()には()れないらしい、ということ。

 政変の為なのか、父は二月ほど前に突然、大納言職を退(しりぞ)いた。
 しかも後任が立ったという話もない。
 役目だけが、ある日を境に、ふっと消えたように見えた。

 当然ながら二の姫である紬路(つつじ)東宮(とうぐう)()に推すことは、もうできない。

 水無月(みなつき)は嫌いだ。
 梅雨(つゆ)の湿り気を含んだ空気が、肌に(まと)わりつく。
 夏越の(はらえ)を前に、鬱屈(うっくつ)した(けが)れが堆積していくようで、鈍く重たい。

 そして。

 和泉(いずみ)家に(とど)まり続ける自分のことも、今はあまり好きではない。
 何しろ、全てを持つ姉と違って、縁談も、異能も、務めもないのだから。