見世蔵のつつじ姫 〜異能なし令嬢は、東宮さまに溺愛される〜

 その少し後のことである。

 人払いされた一室で、一人の男が報告を受けていた。
 灯りは絞られ、几上の茶も冷めている。

 控える者は、慎重に言葉を選ぶように(こうべ)を垂れていた。
 それだけで、男の機嫌は(およ)そ察せられた。

()く申せ」
「はっ……それが……」
「今日、和泉(いずみ)の二の姫は、何をしていた」

 苛立ちが(にじ)むというほどではない。
 けれど静か過ぎる声ほど、(かえ)って場の空気を冷やすことがある。

「は。その……猫娘の女給(メイド)姿にて、純喫茶(カフェー)の店へ出られた(よし)にございます」
純喫茶(カフェー)だと?」

 男は、言葉を反芻(はんすう)した。
 指先が、膝の上で苛立たしげに動く。

「客は?」
「近隣の書生らしき若者が二名。笑みを交わし、言葉を交わし……その、給仕姿を、いささか熱心に眺めていたと」
「眺めた……」

 室内の気配そのものが凍った。

 純喫茶(カフェー)とは名ばかりだ。
 世間ではまだ、いかがわしい場所と見る向きもある。

 まして和泉(いずみ)の二の姫たる紬路(つつじ)は、かつて高き御座(ぎょざ)に近い(えにし)を噂されていた娘だった。

「……誰か、急ぎ馬車を持て」
「はッ」
「佐伯の見世蔵で、姫を、男どもの目に(さら)したのか」

 下がっていく者の後ろ姿に投げられたものは、怒りではない。
 怒りよりもなお、始末に悪いものが沈んでいた。

 一度は失ったものを、見つけ直した者の執着。
 誰の目にも触れさせたくないと願う、ひどく身勝手な焦燥。
 そういったものだった。