駄菓子より甘い瀬野くん

 その時、ぐぅ~っと腹の虫が元気に鳴り響いた。……俺の、お腹から。恥ずかしくてカッと顔が熱くなる。
 くっついていた瀬野くんにもそれはバッチリ聴こえていたらしい。顔を上げて、右手でスリスリと俺のお腹を撫でだした。

「原田、お腹すいた?」
「うん、ちょっと。……小腹、くらいなんだけど」
 そのはずなのだが、またしてもぐぅ~っと大きな音が鳴った。手に振動が伝わったのか、瀬野くんがケラケラと笑っている。は、恥ずかしい……。
 
「どうする? フードコートとか行く?」
 瀬野くんの提案に少し迷って、小さく首を横に振る。
「その、凄い我儘なのはわかってるんだけど、一食分食べ切れるほど空いてないというか……」

 ——ぐぅ~。

 会話を遮る音に、瀬野くんが疑わしげな目を向けてくる。
「……ほんとに?」
「ほ、ほんとだよぉ!」
 ——どうなってるんだ! 空気読めよ、俺の腹!
 瀬野くんの手から逃げるようにサッと後ずさる。いつもならお腹が鳴ることすら珍しいのに、今日に限ってなんでこんなに……!?
 恥ずかしさのあまりお腹を抱えて縮こまる。
 
「じゃあさ、あそこ行こうか。原田が行きたがってたところ」
「俺が?」
「ショコラ屋さん、行くって約束してたでしょ? 俺は入ったことないんだけど、確か一階にあるはずだよ」
「あぁ!」
 確かに行き先を相談したとき、気になるって言った。覚えててくれたんだ。

「あそこパフェとかもあったし、いい感じにお腹膨れるんじゃない? 行ってみる?」
「行く!」
「急に元気になるじゃん。原田、チョコ好きなの?」
「うん、好き。俺、チョコがお菓子の中で、一番好きなんだ〜」

 甘党な俺は、小さい頃からチョコレートが大好きだ。普通のミルクチョコはもちろんホワイトチョコも好きだし、板チョコ・生チョコ・トリュフ……とにかくチョコが入っているものには無条件で目につくくらい、それはもうチョコが好きだ。チョコ愛の深さなら誰にも開けない自信がある。
 ちなみにビターチョコも食べれる、一応。いや好きなんだけど、カカオ70%とかになってくると苦すぎて流石に食べれない。何事にも限度というものがあるのだ。
 
 とにかくチョコに目がない俺は、いてもたってもいられなくなった。
「一階? 一階にあるんだよね? 早く行こう!」
 記憶通りなら真っ直ぐ行った先にエスカレーターがあったはず。浮ついた心を抑えきれず、足が勝手にエスカレーターの方へ歩き出す。瀬野くんはポカンとした表情でピアンタの前に突っ立ったままだ。
 振り返って早く早くと瀬野くんを呼ぶと、彼は「仕方がないな」とでも言いたげに眉を下げた。なんだその顔は、まるで俺が我儘を言ってるみたいじゃないか。
 
「瀬野くん早く、チョコが待ってる!」
「テンション高いなぁ。……ほら、原田は場所わかんないでしょ。先に行ったら迷子になるよ」
 俺の横に並んだ瀬野くんがもう慣れた手つきで俺の手を取り、優しく引く。土井さんに軽く挨拶をして、俺らはもと来た場所を引き返した。
 

 ショッピングモールの中心に近づくにつれ、また人が多くなっていく。
「あそこ、メニューいろいろあったよな。何食べたいの?」
 ざわつく空間の中で、瀬野くんの声がふわっと鼓膜を突き抜ける。俺は一度だけ見たお店のホームページを思い出した。
「えっと、ホームページのトップに載ってた期間限定のパフェも美味しそうだったし、チョコのフラッペとかチョコアイスとかもあったな。あと普通のチョコレートも食べたい。それから——」
 指折り数えながら、思いつく限りを言っていくと、ふはっ!と瀬野くんが吹き出した。
 
「原田、好きなことになるとそんなに流暢に話せるんだな」
「そ、そう? そんなに話してた?」
「めちゃくちゃ楽しそうに話してた。よほど好きなんだな、チョコ」
「……うん」
「さて、そんな原田くんに朗報です。着きましたよ」
 
 フードコートから少し離れた場所にあるお店『ショコラ・タンドル』。チョコレートを専門に扱っており、全国に数店舗しかない老舗高級店でもある。いつかは来てみたいと思っていた憧れの店が今、目の前に——。
「うわぁ、チョコがいっぱい!」
 通路側にあるガラスのショーケースの中には、一口サイズのチョコレートが色とりどりに並べられていた。一粒から購入可能で、店員さんに注文して箱に梱包してもらうそうだ。

「いらっしゃいませ」
 店に入らずショーケースを眺めていると、しばらくしてカウンターに立っていた店員のお姉さんに声をかけられた。
「ご注文はお決まりですか?」
「あ、俺ら中で食べていきたいんですけど」
「ご食事ですね、こちらへどうぞ」

 カウンターの横を通り、店の奥へ案内される。そこには専用のイートインコーナーがあり、白い机と椅子が何席か設置されていた。案内された二人掛けの机に瀬野くんと対面で座る。
「そちらのタブレットでご注文ください」
「わかりました、ありがとうございます」
 瀬野くんのお礼に合わせて小さく頭を下げると、店員さんは笑顔で去っていった。

「原田、先に選ぶ?」
「いや、きっと迷うから、瀬野くんが先に選んで」
「りょーかい」
 瀬野くんはタブレットを数回タップしたかと思えば、すぐにこちらに渡してきた。
「え、もう決めたの!?」
「食べたいのなんとなく決めてたから。ほら、原田も選びな」
「う、うん」

 受け取ったタブレットを覗くと、そこに広がるチョコの海に胸がときめく。スライドしてもスライドしても、チョコしか載っていない。なんという天国!

「す、すごいっ……!」
「ゆっくり決めていいからね。俺は原田の顔見とくから」
「うん。……うん?」

 聞き間違いかと思って首を傾げると、瀬野くんも俺と同じ方向に首をコテンと傾けてきた。
「か、顔?」
「ほら原田、早く選びな」
 平然とした表情でタブレットを指差してくる。え、なんでそんな普通にしてるんだ? 今の聞き間違い?
 瀬野くんを見つめるも、「ん?」と笑顔でまた首を傾げられるだけだった。

 ——きっと聞き間違いだったんだ。俺の顔なんて見てても何も面白くないだろうし。うんうん。

 意識を切り替え、メニューを眺める。
 チョコケーキ・チョコアイス・チョコレートの詰め合わせセットにチョコクッキー。どれも本当に美味しそうだ。
 どれも捨てがたく頭を悩ませていると、前からクスッと笑い声が聞こえてきた。タブレットから顔を上げると、瀬野くんが頬杖をついてこちらを見ている。
 
「瀬野くん?」
「あーいや、真剣な原田かわいいな〜って思って」
「なっ——!?」
 
 見られていた。やっぱり聞き間違いじゃなかったんだ。ずっと顔を見られていたと知り、慌ててタブレットで顔を隠す。
 が、その瞬間もの凄い力でタブレットの上を掴まれ、下にグッと押される。貧弱な俺が日々鍛えてる運動部エースに力で勝てるはずもなく、タブレットは無残にも机へ下ろされてしまった。

「なんで隠すの」
「なんで見るの」
「そりゃ、原田の顔が見たいから。いくらでも悩んでいいからね」
 ——いや、それだと悩んでいる間ずっと顔を見られるのでは……?

 俺はもう一度メニューを一周し、一番気になっていたものを注文した。目の前の瀬野くんが少し残念そうに眉を下げる。
「もっとゆっくり選んでくれてもよかったのに」
「気になったのがあったから……」
「何頼んだの?」
「届いてからの、秘密」
 人差し指を口元に当てて笑う。俺だって瀬野くんが何を注文したのか知らないのだから、お互い様だ。
 瀬野くんは少し目を瞬かせて、ハハッと笑った。

 そこから商品が届くまでの10分間、俺らはお互いのメニュー予想で大いに盛り上がった。


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最近執筆の時間が取れておらず、投稿が遅れてしまい申し訳ございません
後編も出来るだけ早く出せるよう頑張ります

☆次回第18話は、11月上旬頃に投稿予定です☆