駄菓子より甘い瀬野くん

 そう強く決意し、ギュッと両手を握りしめ店員さんに着いていこうとしたその時、後ろから肩を掴まれたかと思えば、ぐっと誰かに抱き寄せられた。
「うわっ!?」
 俺の悲鳴を聞いて、前を歩いていた店員さんがこちらを振り返る。
「どうされました? って……」
 一瞬で店員さんの目線が俺の顔から少し上に移る。そしてポっと頰を染め、口元を手で隠していた。
 

「すみません、この子の靴は俺が選ぶので大丈夫です。ありがとうございます」


 俺の肩からスッと手が降りてきて、腹のあたりを強く抱きしめられる。
「イケメ——じゃなくて、かしこまりました」
 店員さんは顔を赤くしたまま、奥に戻っていった。
 
「瀬野くん、ありがとう……!!」
 お腹を未だ押さえられたままなので顔だけ上げてお礼をすると、瀬野くんはゆっくりと首を横に振った。店員さんを惚れさせた綺麗な顔が目の前にあって、俺まで見惚れてしまいそうだ。
「いいよ。俺こそごめんね、目を離しちゃって。やっぱり少しでも離れちゃ駄目だな……」
 最後の方は小さく早口で言っていたので、そこだけよく聞こえなかった。
「ん? なんて?」
「なんでもない」
「んー、そっか」
 ——なんだ、ただの独り言か〜。

 そう納得した俺は、瀬野くんの手をペシペシと優しく叩き、瀬野くんの腕から解放してもらう。
 フッと息を吐き周りを見渡すと、瀬野くんに接客していた店員さんまで居なくなっていることに気づいた。いつの間に話終わっていたんだろう。というか、人ひとりいないんだが……?

「そういえば、あの店員さんは?」
「ちょっと話を聞いて、『友達への誕プレなのであとは自分で選びます』って言ったら離れていったよ」
 ——なるほど、そんな断り方があるのか!
 今まで『逃げる』か『買う』以外の方法を知らなかった俺にとって、その方法は目から鱗だった。
 
「これからは、俺もそうやって断る!」
「そしたら、原田の友達がいっぱい居ることになっちゃうね」
「実際、そうなれれば良いんだけど……」
 断り文句じゃなく、本当に誕プレを渡すような友達がいっぱいできたら……なんて夢物語を口にすると、瀬野くんの目がスッと細まった。
「そう? 俺は嫌だけど」
「い、嫌っ!?」
 ――え、友達って多ければ多いだけ良いものじゃないの? なんで瀬野くんが俺の友達増えるのを嫌がってんの?
 困惑していると瀬野くんが一歩一歩しっかり踏みしめて、こちらに歩み寄ってきた。目の前に来たことで、数センチしか変わらない瀬野くんにしっかりと見下される。

「だって、原田の友達が増えたら俺と一緒にいられる時間が減っちゃうじゃん。――それは嫌だ、絶対に」

 最後の「それは」のところから低い声でゆっくりと言うものだから、耳に残る。ゾクゾクと、胸から手足の指先にかけて何かが這い上がってくるような気がした。

 あの瀬野くんが、俺と一緒にいたいと言ってくれてる。
 そのことに、嬉しさと少しの優越感が生まれる。

「お、俺にとって、瀬野くんはその……一番のお友達、だから。もし、万が一、友達増えても、瀬野くんとは一緒にいたいなって、思い、ます……」 
「——俺、原田の一番の友達だったの?」
「え、あっ……! その、瀬野くんがどう思ってるかは一旦置いといて、俺にとってと言いますか——」

 俺に初めてできたお友達は、瀬野くんだ。今仲良くしている長谷川と横井も、元はといえば瀬野くんからできた縁だ。
 だから俺にとって瀬野くんは特別で、一番の大切な友達なのだが……。
 俺にとっては一番でも、友達が沢山いる瀬野くんにとっての俺はそうでないかもしれない。いや、『かも』じゃなくきっとそうなのだが、それを聞かされるのはちょっと悲しいし、気まずい。
 余計なこと言ったなと反省して、目を逸らす。
 すると、前からクハっと嬉しそうな笑い声が聞こえてきたのと同時に、ムニッと両頬を挟まれて顔を上げさせられる。
 
「嬉しい。俺、原田の一(・)番(・)の(・)友(・)達(・)になりたかったんだよね」

 頰を緩める瀬野くんの、その笑顔のなんと綺麗なことか。
 思わず「はわぁ」なんて、漫画でしか聞いたことのない擬音が口から飛び出した。 
 ——イケメン、綺麗、可愛い……。
 最近は見慣れたつもりだったのだが、やっぱり彼はイケメンである。それに、とても綺麗だ。
 なのにふわっと笑った顔がとてつもなく可愛いものだから、彼はズルいのだ。うん、本当にズルい。俺の目を潰しにかかっている。
 ——本当に綺麗な顔って、いつまで経っても慣れないものなんだな。
 瀬野くんが笑った瞬間周りがざわついた様な気がしたが、俺の耳にはその騒音が全くと言っていいほど聞こえていなかった。
 ぽーっと目の前の顔に見惚れながら動けずに固まっていると、急にパッと頰から手が離れた。かと思えば、右手をギュッと握られる。

「さ、靴も一応見れたことだし、そろそろ移動しようか。次はボールペン見に行こう!」
「う、うん、そうだね」
 優しく指が交差する。来たときと同じ、恋人つなぎだ。きっと俺の迷子防止策だろう。はぐれないように、指先に力を込める。
 そしてそのまま、意気揚々と靴屋を出た。
 
 一番の友達と言われた瀬野くんは、そりゃあもうご機嫌で。繋いだ手をブンブンと振り回してくるものだから、周りの視線が一気に集まってきて恥ずかしい。
 ——でも、嫌ではないんだよなぁ……。
 嫌ではない。うん、友達みたいで嬉しい。実際友達だけど。
 こういう、普通の友達関係にずっと憧れていたのだ。嬉しくないはずがなかった。
 
 しかしまぁ、人混みの中でこれをしていると周りにぶつかりそうで普通に危なかったので、ペシッと反対の手で軽くチョップをして制する。瀬野くんは「ごめんごめん」と笑いながらやめてくれた。