駄菓子より甘い瀬野くん

 改札を出ると、瀬野くんは右手にあった4番出口に真っ直ぐ向かっていく。引かれるがまま着いていくと、駅の出口に大きな橋が架かっていた。その先には、町では見たこともないくらい大型のショッピングモールと繋がっている。
「おわぁ〜」
 写真やホームページでの店舗の多さで大体察していたが、本当に大きい。
「これ、何階まであるんだ」
「たしか八階とかだったかな?」
「八階!?」
 縦にも横にも長く大きな建物を見上げ、途方に暮れる。
 ——これ、迷子になったら終わるやつだ。
 橋ですら歩くのが窮屈になるほどの人混みだ。この人たちがみんな同じ場所に向かっていると考えると不思議な気持ちになる。橋の上からは、下の駐車場や立体駐車場に次々入っていくがよく見えた。あの建物の中に一体どれほどの人がいるのだろうか。
 
 隣にいる瀬野くんの腕にぎゅっとしがみつく。何も言わず急にしてしまったからか、瀬野くんの肩がビクッと上がった。
 
「原田?」
「お、俺、今日は瀬野くんから離れない」
「おぉ……。きゅ、急にどした?」
 瀬野くんの声が僅かに上擦る。
「一度離れたら、もう一生会えない気がする……」
「……大袈裟だな〜。てか、そんな時のためのスマホだろ?」
「どこに何あるかも分かんないのに、無理だって」
 
 自分の口から出た情けなすぎる声に驚いたが、それすら一瞬で気にならなくなるくらいに不安が大きかった。
 たとえスマホで連絡を取り合い待ち合わせしたとしても、その店まで辿り着けないだろうという絶対的な自信がある。こんなに大きな建物は初めてだし、周りの人に道を聞くことも人見知りレベルMAXな俺には到底できっこない。迷子になり、同じ店の前を行き来する自分の姿が容易に想像できる。

 つまり何が言いたいかというと、迷子になった瞬間に俺はジ・エンドということだ。

 掴む手に力を込め、瀬野くんの肩に頰を近づけた。すると、ぽんぽんと優しく頭を撫でてくれる。目線を上げると瀬野くんと目が合う。
「大丈夫、原田から離れたりしないから」
「瀬野くんっ……!」
「せっかくのデートなのにそんなもったいないことするわけないでしょ。一分一秒だって無駄にできない。片時も離れないから、安心してよ」
「せ、瀬野くん……?」
 ——あれ、なんか瀬野くんの目がガチというか、目の奥が笑ってないような……。
 
 なんだが雰囲気がいつもと違うような気がしてじっと表情を観察するように見つめると、瀬野くんはニコリとそれはもう綺麗に微笑んだ。今度はいつもの優しい色が見えて安心する。
「うん、ありがと」
「いえいえ。……なんて話してたら着いたな、とりあえず俺のから見ていいんだよね?」
「うん、まずはどこから行く?」
「この入り口からだと〜……靴屋が近いかも、スニーカーから見に行こうかな」
「わかった、着いてく」
 
 話していたらいつの間にか橋を渡り切っていた。
 自動ドアが開き、中からひんやりと冷たい風が漂ってくる。ショッピングモールは大盛況らしく、予想通り沢山の人が溢れかえっていた。
「原田、こっち」
「う、うん」
 瀬野くんに引っ張られるまま長いエスカレーターを乗り継ぐ。四階ほど上がり、少し歩くと目の前に大きな靴屋さんが突然現れた。
 我が家の最寄りショッピングモール(車で一時間)にある靴屋さんをより二倍ほど大きなその店に、改めて都会の凄さを思い知る。

 店に入ると、沢山の靴が棚や壁に並んでいた。瀬野くんはその中の男性コーナに迷いなく進んでいった。
「あ、これこれ」
 瀬野くんが手に取ったのは、『おすすめ』というポップと共に壁に飾られていた白いシンプルなスニーカーと、その下に置かれていたミルクティー色のスニーカーだった。
「こっちの白いスニーカーがみなとの好きなブランドの新作で、こっちは個人的にみなとに似合いそうだな〜って思ってさ」
「なるほど……」
 確かにどちらも横井によく似合いそうだ。

「原田はどっちがいいと思う?」
「え、いや……。俺は横井くんの趣味とか、知らないし」
「イメージでいいからさ。他の人の意見も聞きたいんだ」
「え〜っとぉ……」
 そう言われて、この靴を履いている横井を想像してみる。……うん、どっちも似合う。
 白色のスニーカーは横井の爽やかさが、ミルクティー色のスニーカーは柔らかさが強調される……気がする。あくまで俺の想像というか、『脳内横井くん』に履かせただけなので実際のところどうなるのかは分からないが。
 ——いやまあ、あの爽やかイケメンだったらなんでも似合うんだろうな。瀬野くんみたいに。
 
「……どっちも、似合う」
 捻り出した俺の小さな声に、瀬野くんは軽く肩をすくめた。
「それじゃ意味ないんですよ、原田くん」
「だ、だって! 俺の『脳内横井くん』が、どっちも似合ってるからっ……!」
「脳内横井くん? まあ、両方似合うわな。だから俺も迷ってるわけだし」

 再び両手に持った靴に向き合い、うんうんと色々な角度で見る瀬野くん。
 それを隣で見守っていると、後ろから「どうされました〜」という高い声が聞こえてきて、思わずビクッと身体が固まった。
 ——あぁ、まさか……。
 奥を見ると、瀬野くんの後ろに緩く巻かれたロングヘアーの可愛らしい女性が立っていた。ニコニコと笑っているその瞳は、瀬野くんが持っている靴をジッと見つめている。
 
「お客様、お迷いですか?」
「あ、そうなんですよ」
「どちらも人気商品ですからね、こちらは——」

 突然現れた店員さんとも普通に会話している瀬野くんに憧憬の念を抱く。俺はこれがとてつもなく苦手だ。
 俺が一人で行けない店ランキング同率一位が、服屋と靴屋だ。少し迷ったり商品を見つめる素振りでもしたら、どこからともなく店員さんが現れてあれこれ説明しだす。人見知りの俺にとって、それが何よりも苦痛なのだ。店員さんに目をつけられて、慌てて店を飛び出した回数は両手で数えられないだろう。
 ——瀬野くん、初対面の店員さんとあんなに会話して……。さすが、陽キャは違う。

 心の中で称賛しつつ、ゆっくりと後退りして距離をとる。
 ここにいたら絶対巻き込まれる! 瀬野くんには悪いけど、あの店員さんが離れるまで少し別の場所に——。

「お兄さんも何かお探しですか〜?」
「へぁっ!? おおおお俺、で、ですか?」
「そうです!」

 いつの間にか、隣にポニーテールのお姉さんが立っていた。
 ——あぁ、終わった……。
「あのあのえっと、俺は違うとい、言いますか……」
「こちらの商品は〜」
「いや……」
 ——話聞いて!?
 吃りながら必死に説明しようとする俺をよそに、店員さんは隣にあった棚から靴を取り出し勝手に説明を始めた。

「よければ別のコーナーに移動しませんか? お兄さんに似合いそうなのが最近入荷したんですよ〜!」
「あ……はい」
 敗北を予感して、アハハと乾いた笑いが出てしまう。だめだ、このままだと店員さんの圧に押し切られて買ってしまうだろう。
 いやでも、今日は横井のプレゼントと少し遊ぶ用のお金しか持ってきていない。ここで靴なんて買ったら予算がなくなってしまう。それは駄目だ。

 ——今日こそ、ちゃんと断らないと!