「も、もうムリッ……!」
「おいおい、まだ十五分しか経ってねーぞ?」
「嫌だ、数字が俺をいじめるっ……!!」
俺は思わず机に突っ伏しシャーペンを投げ出した。目の前に広がる大量の数式を見て、頭がジンジンと痛くなる。
勉強会を始めて早十五分、俺はもう逃げ出したくなっていた。
始まってすぐ、横井に「どこが分からない?」と聞かれた。それに「どこが分からないのかが分からない」と答えると、二人が困ったように顔を見合わせた。その時点で俺はもう逃げ出したくなっていた。
——いや、でも瀬野くんと『頑張る』って約束したんだ……!
その一心で数字と向き合ったが、やはり俺は数学と相性がすこぶる悪いらしい。脳のシワが増えるんじゃないかと思うほど考え込んでいるのに、一切答えがわからない。流石に泣きたくなってきた。
「原田、ちょっと見せて」
「え、うん……」
俺がゆっくり顔を上げると、肘の下にあった数字ノートを対面に座る横井がそっと引き抜いた。まじまじと見つめて、何か納得したように「うん」と頷く。
「やっぱり……。原田、公式はちゃんとわかってるんだよね。基礎は出来てるし」
「発展になった瞬間分からなくなるタイプか」
「ゔっ……そう、かも……」
とりあえずワークを最初から順番にやっていくことになったのだが、一番初めの計算問題はともかく、文章問題や発展になるとどうしても分からなくなってしまう。今は横井から出された発展問題を解いていたのだが、やはり途中で躓いてしまった。
横に座る長谷川が俺の書きかけの回答をじーっと見つめる。
「んー、いいところまではいってるんだけどな。あと一歩、無理か?」
「む、ムリ、もう何も分からない……。これ以上何するんだよ、さっきまでこんな複雑じゃなかったじゃん……」
「そりゃ、これ発展問題だし。さっきよりはむずかしーぞ」
「……嫌い。本当に、数学なんて嫌いだっ……!」
頭を抱えムリムリと横に振ると、横井がクスクスと笑った。
「大丈夫、原田なら絶対出来るようになるから」
「……ならないよ。中学の頃にどれだけ勉強しても、全然駄目だったし……」
「向き合い続ければ絶対応えてくれるよ。ほら、数学とお友達になろう」
「俺、中学時代に数学と絶交してるんだけど……」
俺と横井の会話を黙って聞いていた長谷川が突如吹き出した。
「す、数学と絶交してんのかよっ……!」
口を手で押さえ肩を震わせている長谷川に、そんなに笑うことか?と不思議に思ってしまう。
「拓実、笑いすぎ」
「いや、だってさ……絶交てっ……!」
何やらドツボにハマったらしい長谷川はヒィヒィと息をしながら机をバンバンと叩き爆笑している。横井はそれを呆れたような目で見ながらはぁ……と軽くため息を吐いたあと、なぜか俺の方に視線を向けたかと思えば、人差し指をピッと立ててニッコリと微笑んだ。
「まあ拓実は無視して……。そんな原田に、数学とちょっとだけ仲良くなれる攻略法を教えてあげよう」
「攻略、法……?」
——そんなものがあるのか!?
……あ、『簡単に解ける公式』とか『速く計算する方法』とかかな。だとしたらめちゃくちゃありがたいけど。
興味津々に身を乗り出した俺に気をよくしたのか、横井は嬉しそうに「そうだよ」と目を細めた。
「いい、原田」
「う、うん」
「数学ってね、99%の暗記と1%の閃きで解けるものなんだよ」
「…………んぇ?」
思い浮かべていたのと全く違う、想像の斜め上の回答に思わず変な声が漏れ出てしまう。
「あ、暗記って……数学が?」
「そう、意外と暗記も重要なんだよ。沢山の問題を解いて『解き方』を覚えるの。学校のテストレベルの問題なら、これで充分赤点は回避できるよ」
「……ほ、ほんと?」
「ほんとほんと。たぶん原田はこの方法が一番合ってるんじゃないかな」
はい、と数学ワークを返され、おずおずと受け取る。
「よし。じゃあ勉強方針も決まったことですし、改めて勉強頑張りますか」
「おー!」
「よ、よろしくお願いしますっ!」
***
あれから一時間は経っただろうか。
長谷川と横井に細かく解説してもらいながら、パターンと解答方法を頭に詰め込んでいく。その作業をひたすら続け、流石に頭がショート寸前だった。俺がロボットだったら頭からプシューッと煙を出してただろう。
疲弊した俺を見て、二人が休憩を言い渡してくれた。
「つ、疲れたぁ……」
「お疲れ様、お菓子食べる?」
「食べるぅぅぅぅ……」
「ははっ、原田から聞いたことねぇ声出た」
脳が今すぐに糖分を求めている。
横井が鞄から取り出した大きめのラムネを三つ、俺の手の平にポンと置いた。
「はい、どーぞ」
「あ、ありがとう」
「いいのいいの、これは前もらったきなこ棒のお返しね」
前——初めて一緒にお弁当を食べた時のことだろうか。ほんの少し前のことなのに、もう毎日のように一緒に食べているせいで初めてのことがはるか昔のように感じた。
有難く受け取り早速一粒口の中に入れると、ラムネがじゅわっと少しずつ溶けていく。味わいながら口の中で転がしていると、窓の外からピーッと笛の音が聞こえた。
そういえば勉強会中も何回か鳴っていたことを思い出した。気になって窓の外を覗くと、大きなグラウンドの半分を野球部が、半分をサッカー部が使い練習している。
「お、彰人ちゃんとやってるじゃん」
「え、どこ?」
同じように窓側に来た長谷川は一瞬で瀬野くんを見つけたらしく、「やってるやってる」と楽しそうにしている。俺も探しているが、なにぶんうちのサッカー部は強豪校だから部員も多い。いつもなら目立って仕方がない瀬野くんを、この時ばかりは見つけられなかった。
「サッカーしてる瀬野くん、見てみたいなぁ……」
俺の独り言が聞こえたらしく、長谷川が勢いよくこちらを向いた。
「え、原田って彰人がサッカーしてるとこ見たことねぇの?」
「え? う、うん」
素直に頷くと長谷川の目がみるみるうちに開かれていく。そして、先程と同じ勢いで後ろを振り向いて横井を呼んだ。
「みなと! 原田、彰人のサッカー見たことないって!」
「え、ほんと?」
「あ、うん。いつもは、すぐ帰るから」
基本平日の夕方はバイトがあるので、いつもササッと帰るのだ。だから瀬野くんが部活に向かう姿は見ても、実際にボールを蹴ってる姿は見たことがなかった。
それを説明すると、二人は「あ〜」と納得してくれた。そして、一つ提案をされる。
「ねぇ原田、よかったら見に行く?」
「え?」
「グラウンドの外からなら見れるぞ、練習」
——練習、見てみたい。
俺が頷くと、なぜか二人が嬉しそうに微笑んだ。
「おいおい、まだ十五分しか経ってねーぞ?」
「嫌だ、数字が俺をいじめるっ……!!」
俺は思わず机に突っ伏しシャーペンを投げ出した。目の前に広がる大量の数式を見て、頭がジンジンと痛くなる。
勉強会を始めて早十五分、俺はもう逃げ出したくなっていた。
始まってすぐ、横井に「どこが分からない?」と聞かれた。それに「どこが分からないのかが分からない」と答えると、二人が困ったように顔を見合わせた。その時点で俺はもう逃げ出したくなっていた。
——いや、でも瀬野くんと『頑張る』って約束したんだ……!
その一心で数字と向き合ったが、やはり俺は数学と相性がすこぶる悪いらしい。脳のシワが増えるんじゃないかと思うほど考え込んでいるのに、一切答えがわからない。流石に泣きたくなってきた。
「原田、ちょっと見せて」
「え、うん……」
俺がゆっくり顔を上げると、肘の下にあった数字ノートを対面に座る横井がそっと引き抜いた。まじまじと見つめて、何か納得したように「うん」と頷く。
「やっぱり……。原田、公式はちゃんとわかってるんだよね。基礎は出来てるし」
「発展になった瞬間分からなくなるタイプか」
「ゔっ……そう、かも……」
とりあえずワークを最初から順番にやっていくことになったのだが、一番初めの計算問題はともかく、文章問題や発展になるとどうしても分からなくなってしまう。今は横井から出された発展問題を解いていたのだが、やはり途中で躓いてしまった。
横に座る長谷川が俺の書きかけの回答をじーっと見つめる。
「んー、いいところまではいってるんだけどな。あと一歩、無理か?」
「む、ムリ、もう何も分からない……。これ以上何するんだよ、さっきまでこんな複雑じゃなかったじゃん……」
「そりゃ、これ発展問題だし。さっきよりはむずかしーぞ」
「……嫌い。本当に、数学なんて嫌いだっ……!」
頭を抱えムリムリと横に振ると、横井がクスクスと笑った。
「大丈夫、原田なら絶対出来るようになるから」
「……ならないよ。中学の頃にどれだけ勉強しても、全然駄目だったし……」
「向き合い続ければ絶対応えてくれるよ。ほら、数学とお友達になろう」
「俺、中学時代に数学と絶交してるんだけど……」
俺と横井の会話を黙って聞いていた長谷川が突如吹き出した。
「す、数学と絶交してんのかよっ……!」
口を手で押さえ肩を震わせている長谷川に、そんなに笑うことか?と不思議に思ってしまう。
「拓実、笑いすぎ」
「いや、だってさ……絶交てっ……!」
何やらドツボにハマったらしい長谷川はヒィヒィと息をしながら机をバンバンと叩き爆笑している。横井はそれを呆れたような目で見ながらはぁ……と軽くため息を吐いたあと、なぜか俺の方に視線を向けたかと思えば、人差し指をピッと立ててニッコリと微笑んだ。
「まあ拓実は無視して……。そんな原田に、数学とちょっとだけ仲良くなれる攻略法を教えてあげよう」
「攻略、法……?」
——そんなものがあるのか!?
……あ、『簡単に解ける公式』とか『速く計算する方法』とかかな。だとしたらめちゃくちゃありがたいけど。
興味津々に身を乗り出した俺に気をよくしたのか、横井は嬉しそうに「そうだよ」と目を細めた。
「いい、原田」
「う、うん」
「数学ってね、99%の暗記と1%の閃きで解けるものなんだよ」
「…………んぇ?」
思い浮かべていたのと全く違う、想像の斜め上の回答に思わず変な声が漏れ出てしまう。
「あ、暗記って……数学が?」
「そう、意外と暗記も重要なんだよ。沢山の問題を解いて『解き方』を覚えるの。学校のテストレベルの問題なら、これで充分赤点は回避できるよ」
「……ほ、ほんと?」
「ほんとほんと。たぶん原田はこの方法が一番合ってるんじゃないかな」
はい、と数学ワークを返され、おずおずと受け取る。
「よし。じゃあ勉強方針も決まったことですし、改めて勉強頑張りますか」
「おー!」
「よ、よろしくお願いしますっ!」
***
あれから一時間は経っただろうか。
長谷川と横井に細かく解説してもらいながら、パターンと解答方法を頭に詰め込んでいく。その作業をひたすら続け、流石に頭がショート寸前だった。俺がロボットだったら頭からプシューッと煙を出してただろう。
疲弊した俺を見て、二人が休憩を言い渡してくれた。
「つ、疲れたぁ……」
「お疲れ様、お菓子食べる?」
「食べるぅぅぅぅ……」
「ははっ、原田から聞いたことねぇ声出た」
脳が今すぐに糖分を求めている。
横井が鞄から取り出した大きめのラムネを三つ、俺の手の平にポンと置いた。
「はい、どーぞ」
「あ、ありがとう」
「いいのいいの、これは前もらったきなこ棒のお返しね」
前——初めて一緒にお弁当を食べた時のことだろうか。ほんの少し前のことなのに、もう毎日のように一緒に食べているせいで初めてのことがはるか昔のように感じた。
有難く受け取り早速一粒口の中に入れると、ラムネがじゅわっと少しずつ溶けていく。味わいながら口の中で転がしていると、窓の外からピーッと笛の音が聞こえた。
そういえば勉強会中も何回か鳴っていたことを思い出した。気になって窓の外を覗くと、大きなグラウンドの半分を野球部が、半分をサッカー部が使い練習している。
「お、彰人ちゃんとやってるじゃん」
「え、どこ?」
同じように窓側に来た長谷川は一瞬で瀬野くんを見つけたらしく、「やってるやってる」と楽しそうにしている。俺も探しているが、なにぶんうちのサッカー部は強豪校だから部員も多い。いつもなら目立って仕方がない瀬野くんを、この時ばかりは見つけられなかった。
「サッカーしてる瀬野くん、見てみたいなぁ……」
俺の独り言が聞こえたらしく、長谷川が勢いよくこちらを向いた。
「え、原田って彰人がサッカーしてるとこ見たことねぇの?」
「え? う、うん」
素直に頷くと長谷川の目がみるみるうちに開かれていく。そして、先程と同じ勢いで後ろを振り向いて横井を呼んだ。
「みなと! 原田、彰人のサッカー見たことないって!」
「え、ほんと?」
「あ、うん。いつもは、すぐ帰るから」
基本平日の夕方はバイトがあるので、いつもササッと帰るのだ。だから瀬野くんが部活に向かう姿は見ても、実際にボールを蹴ってる姿は見たことがなかった。
それを説明すると、二人は「あ〜」と納得してくれた。そして、一つ提案をされる。
「ねぇ原田、よかったら見に行く?」
「え?」
「グラウンドの外からなら見れるぞ、練習」
——練習、見てみたい。
俺が頷くと、なぜか二人が嬉しそうに微笑んだ。



