駄菓子より甘い瀬野くん

***

 教室を出て向かって右を真っ直ぐ歩く。窓からは西日が照っていて、サッカー部や野球部の生徒が続々とグラウンドに集まっている様子が見えた。
 ——早く行かないと、瀬野くんが遅刻しちゃう。
 少し早歩きになると、前を歩いていた瀬野くんと並んだ。瀬野くんはそんな俺を横目で見てクスリと笑った。
「そんなに急がなくても大丈夫だよ」
「いやでも……結構集まってるよ?」
「みんな自主練してるだけだよ。練習開始はもうちょっと先」
「そ、そうなんだ」
「うん、だから安心して」
 帰宅部の俺には部活の事情なんてわからないから、とりあえず言われた通り安心することにした。

 教室を三つ通り過ぎた先、廊下の少し奥の方にあるのが五組の教室だ。今まで五組に来る用事なんて一切なかったから、ここまで来るのは初めてだった。放課後ということもあり、周りには見たこともない生徒が沢山いる。一人だったら人の波に巻き込まれていたかもしれない。瀬野くんが一緒に来てくれてよかった……。

 瀬野くんに引かれるがまま歩いていたらいつの間にか五組の扉の前まで来ていた。
「あ、きたきた」
「おーい原田!」
「ご、ごめん。お待たせ、しました……」
「全然待ってないよ」
「五組へいらっしゃいませー!」
 ガラリと扉を開けると、机を四つくっつけその上に数学ワークを準備した長谷川と横井がいた。放課後だからか教室に他の生徒はいなかった。
 恐る恐る教室に入ると、ここでもう別れると思っていた瀬野くんがなぜか一緒に着いてきた。

「よっ」
「なんで彰人がいるんだよ」
「部活は?」
 片手を上げ軽く挨拶をした瀬野くんに長谷川と横井が即座にツッコむ。横井の発した『部活』という言葉に、瀬野くんの顔があからさまに歪んだ。
「……今から行くよ、原田を送りにきただけだから」
 大袈裟にため息をついた瀬野くんは、そのままズルズルとしゃがみ込み両手で顔を覆った。
「はぁ……俺も原田に数学教えたい」
「明日は休みなんだろ? 一日の辛抱じゃん」
「ズル休みはよくないよ。ほら彰人、いってらっしゃい」
「あーくそー! 部活め!!」
 幼馴染たちの容赦ない言葉に瀬野くんは床に座り込み膝を抱え、更に小さくなる。
 普段は進んで部活に向かう瀬野くんがここまで嫌がっている姿は初めて見るので、少し新鮮だ。

 俺は目の前にあった机の上にワークと筆箱を置き瀬野くんの前にしゃがむ。俺が前に来たことに気づいたのか、瀬野くんがゆるゆると顔を上げた。
「原田……?」
「あの……送ってくれて、ありがとう。部活、頑張ってね」
 たしかに、ここまで着いてきて一人だけグラウンドに向かうのは寂しいだろう。俺だったら嫌だ。
 瀬野くんは目を見開き瞳孔を揺らして、ゆっくりと俯いた。
「——かい言って」
「え?」
 小さな声でよく聞こえなくて、少し間を詰めながら聞き返す。すると瀬野くんが急に顔を上げたかと思えばそのままグッと距離を縮めてくる。どこか熱い眼差しで見つめられて息が詰まった。
 
「もう一回、『部活頑張れ』って言って」
 瀬野くんがコテンと少し首を傾げながら言う。
「え!? えっと……」
「ほら、部活頑張れって言って?」
「……ぶ、部活、頑張れ……」
 
 改めて言うとなると恥ずかしくなって、後半声が小さくなってしまった。それでも瀬野くんは満足してくれたのか、「うん、頑張る」と言い立ち上がった。
 俺はと言うと、なぜか心臓がバクバクと暴れていた。瀬野くんの少し甘えたような話し方に、心の奥がキューッと高鳴った。そのことに自分でも戸惑ってしまって、なかなか立ち上がれない。

 すると、上から両手でわしゃわしゃと髪をかき混ぜられる。
「……瀬野くん?」
「俺も部活頑張ってくるからさ、原田も勉強頑張れ」
「ゔっ……」
 瀬野くんの言葉が俺のハートにクリティカルヒットし、思わず膝を抱えて丸くなる。
「立場が入れ替わってますなー」
「ですなー」
 後ろからケラケラと笑う長谷川と横井の声が聞こえる。そんなことも気にせず瀬野くんは俺に向かって両手の平を向けてきた。
「ほら原田。頑張ろー! イェーイ!!」
「が、頑張ろー、イェーイ……」
 謎の掛け声とともにハイタッチをする。ジンジンと痛む自分の手のひらを見つめる。
 瀬野くんはチラリと壁にかかった時計を見て「そろそろ行かないとな」と呟いた。
「じゃ、俺そろそろ行くわ。みんな頑張ってなー」
「う、うん。瀬野くんも頑張ってね」
「おー、ありがとー!」
 教室を出てその背中が見えなくなるまで見送った。なんだかちょっと、寂しいかも……。

 その時、
「おやおや」
「おやおやおや〜?」
 後ろから聞こえてきた、あたかもニヤニヤしていますというからかいを含んだ声にゆっくりと振り返る。すると予想通り、まるで微笑ましいものを見たかのようにニコニコと笑いながら二人に見つめられていた。
「な、なに?」
「いや〜?」
「仲いいな〜と思っただけだよ」
「そ、そうかな……」
「あれで仲良くないとは言わせないぞ?」
「楽しそうで何よりだよ」
 まるで小さい子を見る親のような目で見てくるから、なんだか気恥ずかしくなってしまう。顔が熱くなりながら、早歩きで教室に入り席につく。頬を触ると、やはり熱を持っていた。うう、恥ずかしい……。
 少し浮ついた雰囲気を感じ取ってか、横井がパンッと手を叩き空気を変えた。

「さ、お喋りはここまでにして勉強しようか。時間なくなっちゃう」
「ゔっ……!」
「頑張ろうな原田、彰人とも約束したもんな?」
「うん、が、頑張る……!」

 ――数学赤点回避勉強会、スタート!

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