駄菓子より甘い瀬野くん

 改めて自分の人見知りな性格とコミュ力のなさに絶望していると、タコさんウィンナーを頬張っていた長谷川が「とにかく!」と箸の後ろをこちらにビシッと向けてきた。隣の横井が「拓実、行儀悪い」と冷ややかな目で注意している。……この光景、前も見たような気がするな。
 既視感に苛まれていると、長谷川は拗ねたように箸をバンッと弁当箱に置いた。
「あーもう! みなとは細かいんだよ!」
「いや、今のは確かに行儀悪かった」
「ぐ、彰人まで……。原田〜、俺の味方はお前だけだー!」
「えっ」
 急にこちらに話が飛んできて驚いてしまう。
 縋るような目で見てくる長谷川と、それを冷ややかな目で見ている二人に見つめられる。
「原田ぁ〜」
「はは、大丈夫だよ原田」
「ビシッと言ってやりな」
「えーっと……」
 ビシッと言っていいのか、これは。
 食べ終わった弁当箱を仕舞いながら視線を彷徨わせると、瀬野くんが俺の肩をポンと叩いた。
 顔を見ると満面の笑みを浮かべている。
 ――俺にはわかる。これは「言ってやれ」という意味だ。
 
「……まぁ、行儀良くはない、と思う……」
「原田ぁぁぁー!!」
「ほらね」
「当たり前だろ」
 そっと目を逸らしながら本音をぶちまけると長谷川はヨロヨロと両手を床につき、二人は満足そうにうんうんと頷いていた。なんだか長谷川が可哀想に思えてくる。

 どう声をかけようか迷っていると、
「——原田の、裏切り者ぉぉぉー!」
「へ? うわぁっ!?」
「原田!?」
「ちょっと拓実!」
 四つん這いになった長谷川がジリジリと近づいて来て俺の後ろに回ったかと思えば、急に背中からガバリと抱きしめられる。俺の肩に顔を埋めた長谷川の「原田〜」という甘えたような声が耳元から聞こえて、その近さにドキリとした。
「長谷川く——」
 
「拓実」

 俺が長谷川を呼ぶ前に瀬野くんに言葉を遮られる。彼の地を這うような低い低い声に、思わず肩が震えた。俺にくっついてる長谷川なんて、可哀想なくらいビクリと身体が跳ねていた。
「せ、瀬野くん?」
「彰人……?」
 急に立ち上がった瀬野くんを俺と長谷川はそっと見上げた。
 それはまるで、彫刻のように綺麗な笑顔だった。
 温度の一切感じない瀬野くんの笑みに、俺と長谷川はもう一度ブルリと身体を震わせる。
「あー、彰人さん? ステイステイ……」
 長谷川はまるで犬に言い聞かせるように、俺の後ろから両腕を伸ばし手のひらを瀬野くんに向けた。しかしそんなことで瀬野くんが止まるはずもなく、ゆっくりとこちらに近づいてくる。
「ちょっ、助けて原田!」
「な、なんで俺!?」
「お前ならいける!」
「何が!?」
 長谷川はすぐに瀬野くんを止めることを諦め、俺の肩に手を置いたまま背中に隠れた。なぜか俺に頼ってくるが、俺より幼馴染の二人のほうが瀬野くんのことをよく知ってるし、絶対効果的だと思う。
 ——諦めるのが早いだろ幼馴染! もっと頑張れよ幼馴染!!
 幼馴染1(長谷川)が即敗北したため、もうここは彼に助けを求めるしかないと幼馴染2(横井)に目を向ける。俺の視線に気がついてか、横井が俺らを助けようと立ち上がった。
 が、少し遅かったみたいだ。
 
 もう目の前まで来ていた瀬野くんが俺の腕と肩を掴んだかと思えば、そのままグンッと引っ張られる。
 視界がグルっと回転する。
 雲一つない青空が見えたと思えば、すぐに真っ暗になってしまった。
 バランスを崩した俺は、瀬野くんの方に倒れ込んでしまったらしい。
「せ、瀬野く——むぐっ」
 慌てて離れようとするが、その瞬間腰と頭をギュッと押さえられる。痛くはないけど振り払うこともできない絶妙な力加減で抱きしめられ、とてもじゃないが離れられなかった。
 苦しいはずなのに、呼吸をするたび鼻腔をくすぐる甘いジャスミンの香りにどこか安心してしまう。

 どれくらいそうしていたのだろう。
 俺にはとても長く感じたが、実際にはきっと一瞬だったんだと思う。
 こちらに近づく足音が聞こえたと思えば、上から瀬野くんの「痛っ!」という悲痛な声が振ってくる。それと同時に俺の頭を抑えていた右手がスッと離れた。
 恐る恐る顔を上げると、右手で自分の頭を抑え痛がっている瀬野くんの後ろに全く目が笑ってない笑顔の横井が立っていた。
「くぅっ……。みなと、急になにすんだよ!」
「それはこっちのセリフだよ、彰人。急に何してるの? 原田びっくりしちゃうでしょ?」
「だからって……チョップはないだろ!」
 ——あ、チョップされたんだ。
 普段『爽やか・穏やか・優しい』三拍子な横井がチョップだなんてどうしても想像がつかなくて、何度も横井と瀬野くんを見比べてしまう。

 すると後ろから長谷川がこっそり
「みなとのチョップ、マジでいてぇの」
 と教えてくれた。
「ほ、ほんとに? 想像できないんだけど……」
「よな。あの爽やかな顔に騙されるなよ、ほんとマジでいてぇから。チョップを出されると俺と彰人はみなとに逆らえねーの」
「へぇ……」
 意外すぎる事実を知ってしまった。
 驚きのあまりジッと横井を見つめていると、横井が不意にパッとこちらに顔を向けた。
「拓実もだからね?」
「……え?」
 意気揚々と語っていた長谷川がピシリと固まる。
「拓実も急に原田に抱きついたりして……。わかってるよね?」
「あ、いやぁその~。みなとストップ、マジで聞いて、な?」
「言い訳御無用!」
「あだっ!!」
「おぉ……」
 高く掲げられた横井の右手が真っ直ぐ長谷川の頭に向かって落ちる。当たった瞬間、長谷川は頭を抱えて崩れ落ちた。
 ——すごい、本当に痛そう……。
 床に撃沈している大きい二人の前に仁王立ちしている横井は、なんというかオーラがあった。
 
 思わず自分の頭を守るようにそっと両手を乗せていると、横井がこっちに駆け寄ってくる。
「原田ごめんね、うちの馬鹿な幼馴染達が……」
「あ、いや……だ、大丈夫だよ、本当に……」 
 さっきの光景を見たからか、なぜかカタコトになってしまった。
 ――あれ、痛そうだったな。チョップされないように気をつけないと……。
 そんなことを思っていると、頭に乗せた俺の手に横井がそっと両手を被せた。
「大丈夫、原田にはしないよ」
 ――バレてた!?
 俺が一人で焦っていると、床で干からびた長谷川がゆっくりと顔を上げた。

「くっそぉ……原田いいなぁ」
「まあ原田は食らわないほうがいいよ、本当に……」
「なんか僕が悪いみたいな言い方だけどさ、僕だってこんなことしたくないんだよ? 二人が馬鹿だから……。ちゃんとわかってる?」
「「はい、すみません」」

 床に倒れ込んだまま謝る二人。
 幼馴染トリオの意外な力関係を知って、思わず声を上げて笑ってしまった。