駄菓子より甘い瀬野くん

「原田、昼休み職員室に来るように」
 数学の小テストの返却時、他の生徒に聞こえないよう配慮された小さな声で告げられた言葉に頭が真っ白になる。
 そして、渡された手元の紙に目をやると、デカデカと書かれた数字に思わず顔が引きつってしまった。

***
  
「0点……」
「そんなの実際に取るやついるのか? いやいたわ、目の前に」
「ぐぅっ……」
 長谷川と横井の言葉に恥ずかしくなって顔を両手で覆い隠す。
 二人が見ているのは、二時間目に返された俺の数学の小テスト。そこには右上に大きく『0』と書かれている。
「ほとんど空白とかならまだしも……」
「全部埋めてて全問間違いは逆にすげぇよ」
「ゔぅ……」
 まじまじとテストを見ながら呟く二人にグサグサと心を刺されていく。
 
――俺だって、数点は取れてると思ってたよ……。なんで選択問題まで綺麗に全部外れるんだよ。

 昼休み、俺はいつもの様に屋上で四人で弁当を食べていた。俺と瀬野くんが横に並び、その対面に横井と長谷川が座る。なんとなく定着化してきたこの並びに安心感を覚えるが、会話は全く穏やかじゃない。
 そう、俺の数学の小テストの結果が酷すぎるせいだ。
「それで原田だけ遅れてきたんだね」
 横井がパクリと玉子焼きを食べながら言った言葉にコクリと頷く。
 
 俺は先程まで職員室に呼び出されていた。
『このままだと中間赤点まっしぐらだぞ』という数学教師の言葉を思い出して頭を抱えたくなる。先生が怒るのではなく、申し訳なさそうな顔をしていたのが更に俺の心をえぐった。なんかもう、いっそのこと怒ってほしかった。なんであんな眉下げてるんだよ、こっちが悪いのに……。
 思わずはぁ……とため息が漏れた。
 
「というか、この成績でよくこの学園に入れたな」
 引きつった表情の長谷川の言葉にうんうんと横井と瀬野くんが同意する。
「そうだね、どうやって入試乗り越えたの?」
 ドン引きしながらも興味津々というなんとも微妙な表情をしている横井が尋ねてくる。
「その、数学以外は、ほぼ満点だった、から……」
「えっ」
「ちょ、まじ!?」
「天才だ……」
「い、いや……天才ではないよ」
 ——人よりちょっとだけ勉強が得意なだけで(数学は除く)、断じて天才ではない。
 首を横に振って否定するが、三人は納得できなかったのかなぜかこちらをジーッと見てくる。
「な、なに……?」
「いやいや、普通に天才だから!」
「うちの外部入試は超難関で有名だからね」
「大勢の受験生を一気にふるいにかけるから当たり前らしいけどな」

 ここ、風丘学園はお金持ちの坊ちゃまが多く通う名門校だ。だからこそ、安全や風紀を乱さないために中等部及び高等部の外部生はそもそもあまり募集していない。
 それでも、有名大学附属校であること、名門お坊ちゃま校で泊をつけられることなどが理由で外部入学を希望する生徒は数多くいる。
 つまり、中等部・高等部の入学試験は超難関で超人気。しかも、毎年合格者数が一桁台なので倍率がえげつないことになっている……らしい。
 ちなみに、今年の倍率は100倍を超えたそうだ。風の噂で聞いた話だから、本当かどうかはわからないが。
 
 だからこそ、この学園に入りたいなら基本は初等部入学、あとは国内最難関である大学入試を受けるのがセオリーなんだそう。
 俺以外の三人は全員初等部入学らしいので、まあきっとお金持ちなのだろう。そこまで踏み込んだ話をしないから、詳しくは知らないが。
 
「いやその……たまたま運が良かっただけで……」
「運だけでこの学園には入れねぇよ」
 いや、俺の場合は完全に運である。
 受験前に数学の公式や解き方をひたすら頭に入れて、本番たまたま解ける問題があったからなんとか点をもぎ取り合格できたのだ。
 そう説明しても、三人は依然として納得してくれない。なぜだ……。

「いやでも本当にすごいよ、合格者ゼロの年とか全然あるからね。今年は原田含めて二人だったんだって」
「そ、それはなんか、聞いたことある」
 今年の外部生は俺含めて二人。
 ——『陽キャ外部生』と『陰キャ外部生』
 そう区別されていることはなんとなく知っている。当たり前だが、もちろん俺が陰キャの方だ。
 もう一人の外部生はこの一ヶ月ですっかり学園に馴染んでいるらしい。同じ外部生同士いつか話してみたいと思っていたのだが、なかなか会う機会もなく、そもそも会ったところで俺が焦らず普通に話せるわけもないわけで……。あ、なんか考えてたら辛くなってきた。