駄菓子より甘い瀬野くん

 弁当を片付け立ち上がると、頭に何かがポンと優しく置かれる。振り返ると、瀬野くんが無表情で俺の頭を撫で回していた。
 ——え、なにこれ? 瀬野くんそれどういう表情?
 瀬野くんは何を言うわけでもなく、ひたすら俺の頭をかき回す。
「あの……えっと?」
「……原田さ、今日楽しかった?」
「え……う、うん」
「……そっかぁ……」
 瀬野くんは俺の髪を撫でる手を止め、そっと天を仰いだ。ポツリと呟かれたその声はどこか哀愁を漂わせていた。
「あの、瀬野くん?」
「……うん。原田が楽しかったならそれでいいんだ。ただ……」
「ただ? ——っ!?」
 次の瞬間、手と腰を引かれたと同時に目の前が甘い香りでいっぱいになる。
「せ、せせせ瀬野くん……!?」
 気づけば瀬野くんに抱きしめられていた。強い力で引き寄せられ、俺の顔は完全に瀬野くんのシャツに埋もれている。この甘い花の香りは、おそらく柔軟剤だろう。
「あの……瀬野くん? 急に、どうした——」
「あー、悔しいなぁ……!」
 丁度耳の横あたりから低い声が聞こえて、俺を抱きしめる腕の力が強くなる。
「うぶっ! 瀬野くん……く、苦しい……!」
「あ、ごめん!」
 焦ったように腕の力が緩められる。隙間から顔を上げると、瀬野くんが心配そうな表情で俺の両頬を挟んできた。その力も少し強くて、俺はタコさんのように口を尖らせてしまう。
 
「どこか痛くない? ごめんね原田、つい力がこもっちゃって……」
「ら、らいひょうふ……」
「……ふはっ。原田、かわいい」
「かわひふない……」
 
 さっきの無表情はどこへやら。瀬野くんはニコニコと楽しそうに笑いながら俺の頬を挟み、撫で回す。
「はにゃして……」
「原田のほっぺモッチモチだな。かわいいし気持ちいしかわいい……」
 ——まじでさっきまでの悲しそうな瀬野くんどこいったんだよ!?

 このままではずっと頬で遊ばれると確信した俺は、とにかく顔で訴えた。眉をひそめ、目を細めてジッと瀬野くんを見つめる。すると瀬野くんも察したのか、「ごめんて」と軽く謝りながら手を離してくれた。
 ようやく離してもらえて安心したはずなのに、頬にあった温もりが消えてしまったのがどこかさみしく感じて、咄嗟に頭を振った。
 ——いやいや、俺は何を寂しがってるんだよ。
 パンっと強めに頬を叩く。冷静になれ、俺……!
 
 スマホで時計を確認すると授業開始まであと五分、急がないとまずいだろう。瀬野くんも慌てた様子で立ち上がり早歩きで扉の方へ向かっていく。
 
 瀬野くんが扉の取っ手を手にした瞬間、後ろからシャツをクイッと引っ張る。
「原田?」
 案の定、瀬野くんは不思議そうにこちらを振り返った。
「どうした? このままだと授業始まるぞ。まあ俺のせいもあるけど……」
「その、聞きたいことがあって……」
「聞きたいこと? 今?」
 瀬野くんは「まだ時間いけるか?」と手元の時計を確認する。
 わかってる、今はとにかく教室へ急ぐべきだって。でも今このタイミングを逃せば、もう聞けない気がするのだ。
 掴んだままのシャツをもう一度引っ張る。瀬野くんは困ったように眉を下げて笑った。
 
「なんだ? 早くしないと本当に遅刻するぞ」 
「その——悔しいって、何が?」
「……それ今聞くぅ?」
「だって……。後から聞いても、瀬野くんは上手に誤魔化しちゃいそうだから……」
「………………」
 
 瀬野くんは自分の髪をガシガシと乱暴にかき回す。綺麗な金髪が太陽に照らされていつも以上に輝いている。顔は明後日の方を向いていて、口をムニョムニョと動かしていた。俺がしたら確実に事故るような変な表情をしているのに、瀬野くんがするとどこかアンニュイな空気が漂う。やっぱり、イケメンはどんな表情をしていてもイケメンなんだな。
 
「えーっと、そのなぁ……」
「うん」
 気まずそうに顔を逸らされる。
「……言わないと駄目?」
「俺は、気になる」
「そっかぁ~……」
  
 「あー」とか「うー」とか変なうめき声を上げたかと思えば、また俺の頬を両手で挟んできた。今回は優しく添えているだけで、俺の口がタコさんになることはなかった。
 そのままそっと顔を持ち上げられる。パチリと瀬野くんと目が合う。

「俺、原田の笑った顔が好きなんだ」
「…………へ?」
「だから、その……。今日拓実とみなとと一緒で、原田が凄い楽しそうで。俺と二人きりのときはあんな笑わないのに〜とか思って、ちょっと悔しかったの。それだけ」
「へ、へぇ~……」

 予想外すぎる言葉が飛び込んできて、今度は俺が変なうめき声を上げてしまった。
 ——というか、笑った顔そんなに見られてたのか。恥ずかしい……。
 思わず顔を下げるが、瀬野くんの手によって無理やり上げさせられる。

「ねぇ原田」
「な、なに?」
「原田もだいぶ俺に慣れてきたよね。ちょっとした会話なら言葉詰まらなくなったし」
「う、ん……」
 
「でもね、俺はまだ満足してないからね」
「…………へ?」
 ——満足? 満足してないって……え?
 
 瀬野くんの言葉を何度脳内で咀嚼しても、飲み込むことができない。
「そ、そそそそれって、どういう……」
「俺はもっと原田の笑顔が見たいし、それを俺にだけ見せて欲しい。原田の一番の笑顔は、俺だけが見たい。他の誰にも見せたくない」
「あ、ぅ……えっと」
「だからね、原田」
 するりと頬を親指で優しく撫でられる。こそばゆくて思わず目を閉じると、瀬野くんの小さく笑った声が聞こえた。

「もっともっと俺に慣れて? それで、もっと俺に原田の笑顔見せて?」

 「ね?」と瀬野くんが怖いくらい綺麗な顔で微笑んだ瞬間、授業開始を告げる本鈴が学校中に鳴り響いた。
 
 当たり前に遅刻した俺らは、先生に厳重注意された。でも俺の脳内は瀬野くんに言われた言葉が埋め尽くしていて、午後の授業が全く身に入らなかった。


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私の設定ミスで告知していた7月5日に投稿できていませんでした。
本当に申し訳ございません。

次回第7話は、7月12日投稿予定です