駄菓子より甘い瀬野くん

 ——イケメンって、顔が死んでてもイケメンなんだな……。
 なんて、そんなことを言ってる場合ではないのだが。しかし、彼の顔を見ているとそう実感してしまう。
 イケメンはどんな表情をしていてもイケメンなのだ。
 今、俺の隣では瀬野くんが死んだ魚のような目をして立っている。
「ヤッホー彰人」
「あ、原田もいるじゃん。ヤッホー」
「や、やっほー……?」
「原田、コイツらの真似しなくていいから」
 上から原因一・原因二こと、長谷川と横井だ。
 今この二人は、一組の教室の扉の前にいる。
 俺と瀬野くんがいつも通り屋上で弁当を食べに行こうと席を立った時、教室が急に色めきだった。みんなの視線の先を見ると、何故か長谷川と横井が一組にやってきて扉前を防いでいたのだ。
 だから今、瀬野くんは少々――だいぶご機嫌斜めである。
 
「はぁ……何しに来たんだよ」
「何って、一緒に弁当食べようかと思って」
「……は?」
 横井の言葉に瀬野くんが素っ頓狂な声を上げる。俺も驚いて目を見開いた。
「い、一緒って……」
「いやだって、俺らももう原田と話したことあるし。一緒に食っても良いだろ」
「駄目、絶対ダメ!」
 瀬野くんが二人から庇うように俺の前に立つ。前が見えなくて横に並ぼうとするも瀬野くんがサッと横にズレ前を遮られる。流石は現役サッカー部、ディフェンスが上手い。俺は横に並ぶのを諦め、大人しく瀬野くんの背中の後ろに下がった。
 
 その間も三人の攻防戦がワイワイガチャガチャと聞こえてくる。何気に三人が話しているのを初めて聞いたのだが、流石は幼馴染。仲が良いことが伺える。会話のテンポが早い。
 
「彰人も意地悪だな〜。少しくらい僕らも原田と話したいんだけど?」
「そうだそうだ、自分一人の原田だと思うな!」
「いや、原田は『俺の』友達だから。別クラスのお二人はお引き取りくださーい。弁当食べる時間がなくなる、ひいては二人きりになれる時間がなくなる。……いや、まじで帰れ。今すぐに!!」
 
「俺の」を強調して言う瀬野くんに、ちょっぴり嬉しくなる。
 —— 瀬野くん、ちゃんと俺のこと友達だと思ってくれてるんだ。嬉しいなぁ……。
 時計をチラリと見ると、昼休みが始まってもう五分が経とうとしている。三人は全く止まる気配がない。このままだと本当に弁当を食べる時間がなくなってしまう。
 
 俺が前にあるシャツをちょんちょんと引っ張ると瀬野くんは「ん?」と優しい笑顔で振り返ってくれた。
「原田どした?」
 言葉に詰まって、しどろもどろになっても、瀬野くんはこうやって笑顔で俺が話し出すのを待ってくれる。だからこそ、だんだん俺も安心して会話することができるようになっていた。最近は瀬野くんと話しているときだけは、言葉に詰まることも少なくなってきたくらいだ。
「あ、の……あのさ」
「うん」
 瀬野くんが目を合わせて、優しく微笑んでくれる。それに俺は安心して口を開いた。
 
「俺、二人とも一緒に、食べてみたい……」

 その瞬間、瀬野くんは笑顔のまま固まり奥の二人がガッツポーズをしながらハイタッチをしたのが見えた。

***

「彰人、そんなにやさぐれないでよ」
「やさぐれてない」
 あの後、固まった瀬野くんをなんとか起こして四人で屋上に来た。俺と瀬野くんが横並びに座り、前に長谷川と横井が並んでいる。
 瀬野くんはムッスリと眉を寄せながら難しそうな顔で弁当を食べている。横井の問いかけにもどこか素っ気なく答えていた。
「ほいほい。……あ、彰人ニンジンやるよ」
「拓実が嫌いなだけだろ。貰うけど」
「あ、貰うんだ……」
 長谷川に渡された煮付けのニンジンを瀬野くんがパクりと口に入れる。美味しそうだなと見つめていると、長谷川が「いるか?」と俺の弁当にまでニンジンを入れてきた。
「え……いいの……?」
「おー、逆に食ってくれた方が助かる」
「拓実はニンジン嫌いだからね〜」
「……原田いいよ、俺が食べるから」
「あ……」
 俺の弁当に箸が伸びたかと思えば、ニンジンをパッと掻っ攫われ、瀬野くんの口に吸い込まれていく。
 ――あぁ、美味しそうだったのに……。
 思わず恨めしい気持ちで瀬野くんを見上げると、何かが喉に詰まったのか急にゴホゴホと咳き込みだした。
「だ、大丈夫?」
「いや……原田さぁ、そんな顔でこっち見んなよ……」
 ——そんな顔って、どんな顔だよ。
「だって、瀬野くんがニンジン、食べちゃったから……」
 せっかく長谷川がくれたのに、煮付け美味しそうだったのに。
「瀬野くんの意地悪……」
「うっ……!」
「ほら彰人、変に嫉妬するからこうなるんだよ? 原田が可哀想じゃん」
 横井がそっと近づき「可哀想にね〜」と頭を撫でてくれた。どこか手慣れているそれは心地良くて、ついつい普通に受け入れてしまった。
 目の前ではまたしても瀬野くんが石像のように固まっており、その様子を長谷川が爆笑しながら見ていた。
 
「ご、ごめん原田! これあげるから、な?」
 石像から復活した瀬野くんが自分の弁当に残っていたニンジンを箸でつまんでこちらに向けてきた。悲しかったからもう少し拗ねてやろうと思っていたけど、煮付けのニンジンがやっぱり美味しそうで。
 未だに撫でてくれていた横井からそっと離れ、瀬野くんの箸にぱくりと齧り付く。噛んだ瞬間ブワリと出汁のまろやかな旨味が広がる。ニンジンによく味が染みていてとても美味しい。
「おいひぃ」
「そ、うか、そっか……うん」
 瀬野くんは何かを小さく呟くと、ご飯をこれでもかと口にかき込んで噎せていた。
 ——なんかさっきから、瀬野くんの様子がおかしい……?
 もしかしたら、幼馴染の二人と久しぶりに一緒に弁当を食べれて楽しいのかもしれない。うん、きっとそうだろう。
 長谷川の煮付けニンジンを食べれた俺はとても満足して、自分の弁当に戻った。

「なあ、それなに?」
「こ、これですか?」
 初夏も近づき燦々と太陽が輝いている。屋上にいる俺らも勿論日光に照りつけられており、まあ暑い。最近屋上で弁当を食べていることを話してから、母がおやつによく凍らせたゼリーを入れてくれるようになった。今日のおやつはそのゼリーときなこ棒とマシュマロだ。
 弁当も完食しおやつのゼリーを食べていると、前に座っている長谷川が俺の弁当に向かって指を指してきた。正確には、お弁当横に置いてあったおやつに、だ。
「えっと、これはきなこ棒……です」
「きなこ、棒……?」
 長谷川とその隣にいた横井も不思議そうな顔をして首を傾げる。
 ——瀬野くんの練りあめの時も思ったが、お金持ちって駄菓子を知らないのか……!?
 きちんと聞いたことはないが、この名門お坊ちゃま校の内部進学生という時点で、この三人はかなりのお金持ちなのだろう。
 俺? 俺は外部受験でたまたま入学できた、ただの一般人だ。
 
 説明するより食べてみる方が早いだろうから、二人にきなこ棒を渡す。お母さん、多めに入れてくれてありがとう。
 ふと、横から視線を感じた。見ると、瀬野くんが羨ましそうにこちらをジッと見つめていた。
 ——そういえば瀬野くん、この前『ゆうやけ』に来た時きなこ棒を何本か買って帰ってたな。余程気に入ったのかな?
 瀬野くんにも一つきなこ棒をあげると、びっくりするほど目を輝かせていた。そんなに喜ばれるなら、また今度きなこ棒持ってこよう。
 
 瀬野くんは嬉々としてきなこ棒を食べだした。それを見た長谷川と横井も、恐る恐る口に入れる。
「うぉっ! うま!」
「ね、これ美味しい!」
「だろ!」
「……なんで彰人が自慢げなんだよ」
「ぷっ……くはは」
 長谷川と横井もきなこ棒を気に入ってくれたようだ。そして、なぜか瀬野くんが凄く自慢げにしているのと、長谷川のツッコミも相まって思わず笑ってしまった。
 俺が笑ったからか、三人も一瞬目を合わせて笑い出した。屋上に笑いの輪が広がる。
 ——こういうの、なんだかいいな……。
 ずっと一人ぼっちだった俺にとって、友達と笑い合ってご飯を食べることすら遠くから見つめるだけの、はるか彼方の手の届かないような憧れで。
 みんなで食べるのがこんなに楽しいことだと、今日初めて知った。
 
 空気を切り裂くようなチャイムが響く。昼休み終了十分前を告げる予鈴だ。それと同時に長谷川と横井があっと顔を上げた。
「次の授業、俺ら移動だわ」
「もう戻らないと……。二人とも、今日はありがとう」
「う、ううん。こちらこそ、ありがとう。……すごく、楽しかった」
 俺の言葉に、お弁当をまとめていた二人がパッと顔を上げ、一瞬驚いたように目を見開く。そしてすぐにニコリと笑い「俺らも」「楽しかったよ」と答えてくれた。その言葉に安心してホッと息を吐く。
 弁当を片付けると二人は走って屋上の扉を開ける。すると、なぜか振り返って「最後に一つだけ!」と横井が叫んだ。

「あのきなこ棒? って、どこで買えるのー?」
「あ、俺も気になる!」
「え、えっと、駄菓子屋さん……こ、今度一緒に、行きますか?」
「え、行く!」
「また連絡するわ!」
「彰人もじゃーね!」
「原田いじめんなよー」
「いじめないから!」
 
 ガチャンと屋上の扉が閉まる。一気に静かになってしまった。瀬野くんの顔を見ると彼もこちらを見ていて、なんとなく見つめ合う。
「……俺らもそろそろ準備しよっか」
「う、うん。そうだね」
 弁当をナフキンで包み巾着に入れる。俺たちは移動ではないとは言え、昼休みが終わるまであと十分だ。急いだほうがいいだろう。