駄菓子より甘い瀬野くん

「お、終わった〜!」
 夕日に向かって元気に走り去っていく子供たちを見送った俺は、レジにある冷たい椅子にドサッと座り込んだ。
 そんな俺を見て、瀬野くんが労るような目で近づいてきた。
「お疲れ様。……で、お疲れのところ悪いけど、俺のもお願い」
 疲れてレジ台に倒れ込んでいた俺の目の前にドンと山盛りのカゴが二つ置かれる。
「こ、これ、ぜぜぜ全部……?」
「そ、全部」
 ――鬼かよ!?
 レジ前に立っている瀬野くんを見上げて問えば、にっこりと笑顔で肯定された。
 今はもう瀬野くん以外の客はいない。小学生達の門限によりピークを越え、この後は部活終わりの中高生とか、仕事帰りの大人たちがちょこちょこ来るかな? という感じだ。
 二人きりだしゆっくり会計してやろうと、俺はのっそりと起き上がり横にあった電卓を手繰り寄せた。
 カゴから一つずつお菓子を取り出し、値段を打ち込んでいく。
 ガムや飴から始まり、小さい四つ入りドーナツ、美味しい棒、スナック、チョコ、するめいかなど……とにかく沢山の駄菓子がカゴに詰め込まれていた。店のほとんどの商品を買っているのではないかと疑うレベルだ。
 
「あれ?」
 カゴの下の方にあったねり飴を取り出し、首を傾げる。今までずっと駄菓子一種類につき一つずつの購入だったのだが、ねり飴だけ二つ入っていたのだ。もしかしたら買ったことを忘れて二個入れてしまったのかもしれない。俺はカゴからねり飴を二つとも取り出し、瀬野くんに見せながら問いかけた。
「あの、これ、ふふ二つある、ん……ですけど……」
「ああ、それな。食べ比べしようと思って」
「食べ、比べ?」
「え、原田忘れたの? 練ったねり飴と練ってないねり飴の食べ比べしたいって話してたじゃん」
 ……あ〜、言っていた。確かに言っていた。というか、本気でやるつもりだったのか。
 あと、別に忘れてた訳じゃない。ちょっと頭から飛んでただけだ。あはは……。
 とにかく確認は取れたので、ねり飴二つを会計し袋に入れる。
 ――さて、あと一カゴだ。
 俺は気合を入れなおし、もう一つの山盛りカゴに向き合った。

  それから十分後、俺は無事全ての会計を終わらせ再びレジ台に倒れ込んでいた。今日はとにかく疲れた。もう電卓叩きたくない……。
 そんな俺を横目に、瀬野くんはパンパンの袋から嬉しそうに菓子を取り出して食べていた。二人きりの静まり返った店内に、瀬野くんが駄菓子を食べる音だけが鳴り響いていた。
 美味しそうに食べるな〜なんて思いながらレジからジッと眺めていると、俺に気づいた瀬野くんが俺も駄菓子が食べたいと勘違いしたのか「いる?」とコーラ味のガムを一つ差し出してくれた。
「い、いいよ。瀬野くんが食べな」
「そう? じゃ、遠慮なく」
 遠慮なくも何も、瀬野くんが買ったやつだしね。
 俺に申し出を断られた瀬野くんは、早速長い綺麗な指でガムの個装を丁寧に解いていた。銀紙を開けた瞬間、瀬野くんの顔が歓喜の色に染まる。
「原田! 来てきて!」
 お呼びがかかったので椅子から立ち上がりのそのそと近づくと、瀬野くんは椅子に座ったまま俺の顔の前まで手を伸ばし、小さな紙をこちらに見せてきた。
「見ろ! 当たり!」
 半透明の小さな紙には確かに『あたり』と大きく書いていた。なるほど、それであんなに喜んでいたのか。
 一人納得した俺は「交換、する……?」と瀬野くんに問いかけた。これほど喜んでいるならすぐにでも交換したいだろうと思ったのだ。しかし、俺の予想に反して瀬野くんは「ううん」と横に首を振った。
「これは来週交換するよ。……交換期限とかないよな?」
「う、うん。基本的にはない、けど」
「良かった! じゃあ来週で」
「うん……」
 何故わざわざ来週に回すのか、俺には分からなかった。わざわざここまで来るのも大変だろうし、すぐに交換してしまった方が楽だろうに。
 そんなに当たりが嬉しかったのか? 当たりを一週間噛み締めたいとか……?
 俺がウンウン考えていると、瀬野くんが当たり券を摘んで見せたままニィっと口角を上げてイタズラっぽく笑った。
「これを口実に来週もここ来るから」
「……え」
 してやったりと笑う瀬野くんに、俺はポロリと心の声が漏れる。

「こ……つな、……て――」

「え? なんか言った?」
「い、いや! ななな、なんでもない……!」
「そう?」
 瀬野くんは不思議そうに首を傾げたあと、すぐに切り替えてガムを口に入れていた。
 「美味しい〜!」と笑う彼に見られないよう、俺は必死に顔を俯かせた。

――いやいやいや。俺は今、なんて言おうとした……?
 その言葉を自覚し、顔が熱く火照っているのが分かる。
 ……今、夕日が丁度『ゆうやけ』に直撃で良かった。
 いつもなら眩しくて鬱陶しいそれに、今日はとてつもなく感謝した。
 きっと今頃真っ赤になっているであろう己の顔を、夕日のせいにできるもの。
 早く冷めろと念じながら、さっき言おうとした……言ってしまった言葉を脳内で反芻する。

 
――そんな口実作らなくても、いつでも来てよ。


 恥ずかしすぎて、とてももう一度言うことなんて出来なかった。