駄菓子より甘い瀬野くん

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 学園の最寄り駅に行き電車に乗ると、一瞬で人に揉まれる。学園に通う生徒が一斉に乗るから当たり前だ。
 俺は黙って瀬野くんの持つ隣のつり革を握る。流石に満員電車の中で会話するほど俺も瀬野くんも野蛮じゃない。
 それに、瀬野くんとは無言でも何故か気まずくならないのだ。他の人と会話している時に無言になると何か話さないとと焦ってしまうが、瀬野くんにはそうならない。無言でも、どこか安心できるのだ。
 ぼーっと窓の外を眺める。
 都会だった景色がだんだん人が減り、木が増え、トンネルを抜け、海が見えた。
 俺の地元、浜辺町に到着したのだ。
 
 電車を降りた瞬間、瀬野くんは俺の手を繋いだまま走り出そうとした。
「ちょ、ちょっと待って……!」
「待たない! 今日楽しみにしてたんだから!」
 なんかさっきもこんな会話したような気がするなとデジャヴを感じつつ、そんなに楽しみにしてくれていたのかと嬉しくなる。
 今日は木曜日、平日の中で唯一サッカー部が休みの日だ。
 昨日の昼休み、瀬野くんは急にこんなことを言い出した。

 「明日、駄菓子屋行っていい?」

 急な言葉にお茶を吹き出しそうになる。思わず瀬野くんの顔を見ると彼はとても真剣な表情で、それが嘘ではないとわかる。
――でもまた、急だなぁ。
「あ、明日?」
「そ、明日」
「部活は?」
 瀬野くんはサッカー部所属だ。
 うちの学園のサッカー部と言えば、県内でも強豪と有名なのだ。練習もキツイと聞いているし、毎日遅くまで練習しているイメージがある。
 そんな簡単に休んで大丈夫なのか心配していると、どうやら毎週木曜は一応休みらしい。国の部活動ガイドラインに週一以上の休みを設けるようにと記されてるらしい。
 運動部とは縁もゆかりも無い俺は、そんなガイドラインがあることをその時初めて知った。そりゃ毎日部活じゃ身体壊すか……。
 うんうんと納得していると、瀬野くんが肩を寄せて近づいてきた。――近い近い近い……!
 あまりの近さに顔が赤くなったのを悟られないよう、顔を横にそらす。
 瀬野くんは特に気に留めなかったようで、そのまま話を続けてくれた。
 
「木曜日に部活してる奴らは、あれは自主練だよ。でさ、話戻すんだけど明日の放課後一緒に駄菓子屋行っていい?」
「べ、別に、良いけど……」
「やった!」
 拳を握り喜ぶ瀬野くん。駄菓子屋に行くだけでなぜそんなに喜んでくれるのかは分からないが、まあ店員としては嬉しくないわけがないので喜んでおく。
……一緒に駄菓子屋行けるんだ。
 何故かドキドキと胸が高鳴る。大きく跳ねるその音が隣にいる瀬野くんに聞こえませんようにと願いながら、ミートボールを口に入れた。
――明日、楽しみだ。


 そして日付が変わり今日、約束通り一緒に駄菓子屋に向かっている。
 一回しか来たことがない筈の瀬野くんが完璧に道を覚えていたのに軽く驚いた。
――そういえば、結局なんであの日瀬野くんは学園からこんなに遠いこの町に来たんだ?
 駄菓子屋目的……ではないよな? もっと近くに駄菓子屋はある筈だし、遠くから来たいと思ってもらえるほど特別な物はない。
 どこにでもある普通の駄菓子屋なのだ、『ゆうやけ』は。
 
 改めてあの日のことを不思議に思っていると、いつの間にか『ゆうやけ』に到着していた。丁度おばあちゃんが小さな男の子にアイスを手渡しているところだった。
「おばあちゃん」
「優輝、おかえり。……おや、君が瀬野くんかい?」
 急に名前呼ばれた瀬野くんが目を見開いて驚く。かという俺も驚いた。
 なんでおばあちゃんが瀬野くんのことを知ってるんだ。今日来ることも、なんなら瀬野くんの名前すらおばあちゃんの前で出したことないはずなのに……。
 その瞬間、脳裏に「優輝が友達を連れてきた……!」と感動していた両親の顔が浮かんだ。
――お母さんとお父さんのせいか……!
 帰ったら一言文句言わないと気が済まない。俺だって思春期の男子高校生なのだ。子供の友達事情を言いふらさないでくれ、頼むから。めっちゃ恥ずかしいから。
 ふうっとため息をついて顔を上げると、俺を置いておばあちゃんと瀬野くんが楽しそうに会話していた。

――いやいやいや、さっきまで瀬野くん驚いてたじゃん。なんでそんなすぐ打ち解けてるわけ!? 流石は一軍陽キャ……。

「お、おばあちゃん! 店番変わるよ!」
「そうかい……。じゃ、頼むね」
「うん」
 俺と店番を交代したおばあちゃんは、少し名残惜しそうに「瀬野くん、またね」と手を振って二階に上がって行った。この短時間でどれだけ仲良くなってるんだよ!?
「……あぁ、ご、ごめんね、瀬野くん。お、おばあちゃん、話すの、すす好きでさ……」
「んーん、楽しい人だな」
 瀬野くんの言葉にうんと頷いた。
 おばあちゃんと旦那さん……つまり、俺のおじいちゃんは若くに亡くなったそうだ。
 若く独り身になったおばあちゃんはそれは寂しかったそうで、交流の場を作りたいとこの駄菓子屋を開いたそうだ。おばあちゃんの人柄の良さも相まって、すぐに人気の店になった。今では町の住民なら誰もが知ってる老舗駄菓子屋となった。そんなお店を手伝わせてもらってるんだという喜びと責任感を改めて感じる。
 
「瀬野くん、俺、あの、みみ店番やってるかりゃ……から、好きにしてて」
 噛んだ……。瀬野くんはプッと吹き出したあと「はーい」と言って駄菓子屋内を散策しだした。
 ねり飴を知らなかった彼は他の駄菓子にも疎いらしく、興味深そうに店内を見回っていた。
「原田! これなに?」
「それは……き、きなこ棒」
「これは?」
「えっと……フルーツ味の、えっとその……餅?」
 瀬野くんは気になるお菓子をバンバンかごに入れていく。駄菓子屋に来ていた他の小学生達はそんな瀬野くんが気になるようで周りに集まっていった。
「お兄ちゃん、そんなにいっぱい買うのー?」
「お金足りる?」
「ふふん、お兄ちゃんお金持ちだからね!」
「すごーい!」
「いいなー! カッコいい!」
 いつの間にか、彼は小学生の憧れの的になっていた。
「お兄ちゃん、優輝と同じ服着てるー!」
「お友達?」
 子供たちの言葉に思わずお茶を吹き出しそうになった。友達……いや、俺と瀬野くんは友達のはず! だよな……?
「えー! 優輝に友達いたのー!?」
「ゴフッ……! い、いるし! 俺ら友達だし!」
「え!? 本当に優ちゃんの友達!?」
「どうやって優ちゃんと仲良くなったのー!?」
――おい子供たちよ、俺のことをなんだと思ってるんだ?
 いやしかし、俺に同年代の友達がいないのは町内でもちょっぴり有名な話なのだ。田舎のコミュニティの狭さを舐めてはいけない。
 自分で言ってて悲しくなっていると、その間にも子供たちは瀬野くんの周りに集まり「どうやって仲良くなったの!?」と興味津々に聞いている。
 当の瀬野くんはというと、何故か真顔のまま固まって俺を凝視していた。
――……え? なんでそんな真顔でこっち見るの? も、もしかして俺ら友達じゃなかった!?
『社交辞令』という言葉が脳内を埋め尽くす。
 俺が真に受けてしまっただけで、瀬野くんは友達だと思ってなかったのかもしれない。なんてことだ、瀬野くんに迷惑かけっぱなしじゃないか。
「あ、あの……瀬野くん? おーい」
 顔の前で手を振ってみるが、反応はない。
 そんなに俺に『友達』と言われたのがショックだったのだろうか……?
 未だ動かない瀬野くんの前で呆然と立ち尽くしていると、後ろから「優ちゃん、お会計して〜!」という声が聞こえた。 

 とりあえず気持ちを切り替え、「はーい」とレジの方に向おうと振り返ったその時、突然後ろからガバっと誰かに抱きつかれた。
 背丈からして間違いなく瀬野くんだろう。右肩からは夕日で少し赤く光った瀬野くんの金髪が見えていた。
 瀬野くんはそのままグリグリと俺の肩に顔を埋める。背中にじんわりと熱が伝わってきた。
「えっ……え?」
「原田ぁ〜! 俺のことちゃんと友達って思っててくれてたんだなぁぁぁ!」
「えっと、う、うん……」
 良かった、と瀬野くんが安心したように息を吐く。それが首元にかかってくすぐったかった。
 というか、今更何を言ってるんだ。先に俺を友達って言ったのはそっちのくせに。
 瀬野くんが怒っていたわけではなかったとわかり安心したその時、
「優ちゃんまだー?」
「シーッ! 今優ちゃんは彰人くんと仲良ししてるんだから!」
 子供たちの声が耳を通り抜け脳に到達した瞬間、顔がボッと熱くなった。そうだ、そうじゃん。ここ『ゆうやけ』だ。
 周りを見渡すと小学生の子供たちが不思議そうに俺たちのことを眺めていた。恥ずかしくなった俺は慌てて瀬野くんの腕から抜け出し、レジに向かった。
「優輝、彰人くんと仲いいんだな!」
「ギューしてたもんね!」
 カゴを差し出しながら笑顔で問いかけてくる小学生達の眼差しに、自分の顔が引きつるのが分かる。
「いや、その、これは違うくて――」
「あ! そろそろ門限過ぎちゃう!」
「優ちゃん早くして〜!」
 言い訳を並べようとするもパッと遮られる。はいはい、急ぎますよ。
 門限に気を取られた小学生達はさっきのことを忘れてくれたようだ。早く早くと数人の子達に急かされながらも、なんとか全員分の会計を終えた。