100回目の『初恋』、君が知らない甘い嘘

レストランの喧騒が遠のき、世界から音が消えたような錯覚に陥る。


目の前の白い破片――かつて私の幸せの「証拠」だと思っていた紙切れは、今やバラバラになってテーブルに散らばっている。

「……朔夜、くん?」

私の声は、自分でも驚くほど震えていた。


彼は私の肩を抱いたまま、その指先で、壊れものを確かめるように私の鎖骨のあたりをなぞる。
彼の指は、まるで熱病にかかっているかのように熱い。

「怖がらせるつもりはなかったんだ。ただ、君には純粋なままでいてほしかった。僕が作ったこの箱庭の中で、不純物のない幸せだけを食べていてほしかったんだよ」

「……箱庭って、何? 100回目って、どういうこと? 私たちの付き合ってきた三ヶ月間は、全部……あなたが計算した通りだったっていうの?」

問いかけると、朔夜くんは私の首筋に顔を埋めたまま、小さく笑った。
その笑い声は、喉の奥で震える乾いた音だった。

「計算なんて、そんな機械的なものじゃない。……祈りだよ。つむぎ、君は知らないだろうけど、僕は君がこのレストランでパスタを一口食べて『美味しい』って笑う、その一瞬のためだけに、何十回もオーダーのタイミングをやり直したんだ。店員が皿を置く角度、僕が話しかける秒数……。そのすべてが噛み合わないと、君は心の底から笑ってくれないから」

「そんなの……普通じゃないよ……」

「普通なんて、とっくに捨てた。君を救えるなら、化け物にだってなれる」

彼は顔を上げ、私の頬を両手で包み込んだ。


逃げられないように。私の視線を、彼の瞳の中に閉じ込めるように。

「覚えていないだろうけど、昨日、君は僕の目の前で死んだんだ」

心臓が、ドクンと嫌な跳ね方をした。


昨日? 昨日の私は、彼と放課後にアイスを食べて、笑いながら駅まで送ってもらったはずだ。

「……何、言ってるの? 私は生きてる。昨日だって、朔夜くんと一緒に……」

「それは、僕が時間を巻き戻した後の『昨日』だ。巻き戻す前の世界で、君は駅の階段から落ちてきた人に突き飛ばされて、トラックに跳ねられた。血を流して、冷たくなっていく君を抱きしめながら、僕は誓ったんだ。――絶対に、次は失敗しない。君が指一本傷つかない、完璧な一日を作り上げてみせるって」

彼の告白は、まるで狂ったお伽話のようだった。


けれど、彼の瞳に宿る、何万時間もの孤独を煮詰めたような深い哀しみを見たとき、私はそれが「真実」なのだと直感してしまった。

「……じゃあ、今日、自転車にぶつかりそうになったのも?」

「……あれは僕のミスだ。計算が少しズレた。だから、死ぬほど怖かった。もしあそこで君を失っていたら、僕はもう、戻れるだけの『力』が残っていなかったかもしれないから」

彼は私の額に、自分の額を押し当てた。


混じり合う吐息。
彼から伝わってくるのは、圧倒的な愛と、それと同じくらい重苦しい絶望。

「つむぎ、お願いだ。僕を疑わないで。……この世界が偽物だなんて思わないで。僕にとっては、君が笑っているこの瞬間だけが、唯一の、血の通った本物なんだ」

レストランの照明が少しだけ落とされ、夜景はいっそう輝きを増す。


周囲の客たちが楽しげに笑い、グラスを鳴らす音が聞こえる。
この平和で甘美な空間のすべてが、彼の「執着」という名の執念によって維持されているのだと思うと、私は吐き気がするほどの愛おしさと、逃げ出したくなるような恐怖の狭間で、身動きが取れなくなった。

「……帰ろう、つむぎ。明日はもっと、君を幸せにするよ。今日よりもずっと、完璧な一日を用意してあるから」

彼は私の手を強く握り、レストランを後にした。


エレベーターを降り、夜の街へ踏み出す。


街灯に照らされた彼の横顔は、彫刻のように美しく、そしてどこかこの世のものとは思えないほど透き通っていた。

私は、繋がれた手に力を込める。


逃げ出さなきゃいけない。
この人は、何かが壊れている。


けれど、私のために100回も絶望を繰り返してきたという彼を、どうして突き放すことができるだろう。

「……朔夜くん」

「なあに?」

「明日も、明後日も。……私、生きてる?」

彼は立ち止まり、夜風に髪を揺らしながら、私を深く、深く見つめた。

「……生かすよ。僕が、死んでも」

その言葉は、どんな愛の言葉よりも甘く、そしてどんな呪いよりも重く、私の心に刻み込まれた。