放課後の図書室。
静まり返った空気の中で、重ねられた手のひらの熱だけが、現実味を帯びて伝わってくる。
「……朔夜くん、あのね」
私は、彼の肩に頭を預けたまま、ずっと気になっていたことを口にしてみた。
「さっき、お昼休みに校庭でサッカーしてたでしょう? 私のこと、見てた?」
「ああ。気づいた?」
「うん。すごく遠かったのに、目が合った気がして」
私がそう言うと、朔夜くんはふっと、どこか遠くを見るような、それでいて深い慈しみを湛えた瞳で笑った。
「つむぎが窓際に立って、桜の花びらを指で追ってたから。……そんな顔されたら、見ないわけにいかないよ」
「えっ、そんなところまで見えてたの?」
驚いて顔を上げると、至近距離に彼の綺麗な顔があった。
私の仕草まで正確に言い当てた彼に、心臓が大きく鳴る。
彼は、私のことなら何でも知っている。
私がいつ、どんな顔をして、何を考えているのかさえも。
「不思議だね。朔夜くんと一緒にいると、世界に私と朔夜くんの二人しかいないみたい」
「……そうだね。僕にとっても、この世界には、君しかいない」
その言葉は、恋人同士の甘い囁きにしては、あまりに重く、どこか祈りに似た響きが混じっていた。 彼は私の指先を一本ずつ確かめるように触れ、それからそっと自分の胸元に引き寄せた。
「ねえ、つむぎ。明日、放課後に駅前のプラネタリウムに行かない? 16時半の回」
「プラネタリウム? いいね。でも、予約とか大変じゃない?」
「大丈夫。もうチケットは取ってあるから」
「えっ、いつの間に?」
「……君が、行きたいって言うだろうなって思って」
まだ誘われる前にチケットを用意していた彼。
普通なら少し驚くところだけれど、今の私には、その過剰なまでの先回りが「私のことを考えてくれている証拠」のように思えて、ただ嬉しかった。
図書室を出ると、廊下の窓からは燃えるような夕焼けが見えた。
オレンジ色の光が、並んで歩く私たちの影を長く引き伸ばす。
「送っていくよ」
いつものように私の鞄を持って、彼は私の右側を歩く。車道側を歩かせないための、彼のさりげないルール。
角を曲がろうとしたその時、一台の自転車が猛スピードでこちらへ向かってきた。
私が気づくより早く、朔夜くんの手が私の肩を強く引き寄せた。
「――っ、危ない!」
鋭い声。 彼は私の背中を抱きすくめ、自分の体で壁を作るように私を庇った。
自転車は風を切って通り過ぎ、私たちの間に一瞬の静寂が訪れる。
「……朔夜くん、ありがとう」
震える声でそう言うと、彼はひどく青ざめた顔で私を見ていた。
ただのニアミス。
怪我もしていない。
なのに、彼はまるで、取り返しのつかない大惨事が起きたかのような、絶望的な表情をしていた。
「……二度と、……二度と、あんな思いはしたくない……」
「朔夜くん?」
「……いいえ。なんでもない。……怪我がないなら、それでいいんだ」
彼は私を抱きしめる力を強めた。
その腕があまりに強く、小刻みに震えていることに、私は気づかないふりをした。
「帰ろう、つむぎ。家まで、一歩も離れずに送るよ」
夕闇が迫る帰り道。
彼の手は、痛いほど強く私の手を握っていた。
それは、まるで今この瞬間も、私がどこか遠くへ消えてしまうのを必死に繋ぎ止めているかのようだった。
静まり返った空気の中で、重ねられた手のひらの熱だけが、現実味を帯びて伝わってくる。
「……朔夜くん、あのね」
私は、彼の肩に頭を預けたまま、ずっと気になっていたことを口にしてみた。
「さっき、お昼休みに校庭でサッカーしてたでしょう? 私のこと、見てた?」
「ああ。気づいた?」
「うん。すごく遠かったのに、目が合った気がして」
私がそう言うと、朔夜くんはふっと、どこか遠くを見るような、それでいて深い慈しみを湛えた瞳で笑った。
「つむぎが窓際に立って、桜の花びらを指で追ってたから。……そんな顔されたら、見ないわけにいかないよ」
「えっ、そんなところまで見えてたの?」
驚いて顔を上げると、至近距離に彼の綺麗な顔があった。
私の仕草まで正確に言い当てた彼に、心臓が大きく鳴る。
彼は、私のことなら何でも知っている。
私がいつ、どんな顔をして、何を考えているのかさえも。
「不思議だね。朔夜くんと一緒にいると、世界に私と朔夜くんの二人しかいないみたい」
「……そうだね。僕にとっても、この世界には、君しかいない」
その言葉は、恋人同士の甘い囁きにしては、あまりに重く、どこか祈りに似た響きが混じっていた。 彼は私の指先を一本ずつ確かめるように触れ、それからそっと自分の胸元に引き寄せた。
「ねえ、つむぎ。明日、放課後に駅前のプラネタリウムに行かない? 16時半の回」
「プラネタリウム? いいね。でも、予約とか大変じゃない?」
「大丈夫。もうチケットは取ってあるから」
「えっ、いつの間に?」
「……君が、行きたいって言うだろうなって思って」
まだ誘われる前にチケットを用意していた彼。
普通なら少し驚くところだけれど、今の私には、その過剰なまでの先回りが「私のことを考えてくれている証拠」のように思えて、ただ嬉しかった。
図書室を出ると、廊下の窓からは燃えるような夕焼けが見えた。
オレンジ色の光が、並んで歩く私たちの影を長く引き伸ばす。
「送っていくよ」
いつものように私の鞄を持って、彼は私の右側を歩く。車道側を歩かせないための、彼のさりげないルール。
角を曲がろうとしたその時、一台の自転車が猛スピードでこちらへ向かってきた。
私が気づくより早く、朔夜くんの手が私の肩を強く引き寄せた。
「――っ、危ない!」
鋭い声。 彼は私の背中を抱きすくめ、自分の体で壁を作るように私を庇った。
自転車は風を切って通り過ぎ、私たちの間に一瞬の静寂が訪れる。
「……朔夜くん、ありがとう」
震える声でそう言うと、彼はひどく青ざめた顔で私を見ていた。
ただのニアミス。
怪我もしていない。
なのに、彼はまるで、取り返しのつかない大惨事が起きたかのような、絶望的な表情をしていた。
「……二度と、……二度と、あんな思いはしたくない……」
「朔夜くん?」
「……いいえ。なんでもない。……怪我がないなら、それでいいんだ」
彼は私を抱きしめる力を強めた。
その腕があまりに強く、小刻みに震えていることに、私は気づかないふりをした。
「帰ろう、つむぎ。家まで、一歩も離れずに送るよ」
夕闇が迫る帰り道。
彼の手は、痛いほど強く私の手を握っていた。
それは、まるで今この瞬間も、私がどこか遠くへ消えてしまうのを必死に繋ぎ止めているかのようだった。



