朝の光が病室を白く染め上げ、私たちの輪郭はもう、陽だまりと区別がつかないほどに薄れていた。 意識の最果て。
そこは、個人の思考が世界の鼓動と同調し、万物の声が聞こえてくる場所。
「……ねえ、朔夜。聞こえる? 街が、動き出したわ」
かつてはノイズ混じりだった街の音。
今は、何層にも重なる人々の足音、遠くで響く踏切の警報機、朝食を準備する食器の音……
それらすべてが、生命の讃歌となって私たちの意識に流れ込んでくる。
『聞こえるよ、つむぎ。……不思議だ。以前の僕なら、この音のすべてを「君の死」を招く不確定要素として排除しようとしただろうに。今は、この不規則なリズムが、こんなにも心地よく、美しいと感じる』
彼の意識が、私のすぐ隣で凪のように静まり返る。
私たちは、自分たちが消えていくプロセスを「喪失」ではなく、この世界という巨大な物語への「参加」だと捉えていた。
私たちは最後に、この世界の深層にある「アーカイブ(記録)」に手を触れた。
そこには、朔夜くんが100回繰り返したすべての時間軸の残滓が、結晶となって沈んでいる。
「これ、見て、朔夜くん。……17回目のリープで、私たちが放課後に一緒に隠した『タイムカプセル』。現実の世界では、その木はもう切り倒されちゃったけど……」
私たちが願うと、再生された街の片隅、古い神社の裏庭に、存在しないはずの一本の若木が芽吹いた。
それは、かつて私たちが共有した想いの記念碑。
誰もその意味を知らなくても、その木はこれから何十年も、この街で風に揺れ続ける。
『……つむぎ。僕も、一つだけ「理」に刻ませてほしい』
朔夜くんの意志が、世界を巡る。
彼が刻んだのは、この世界に生きるすべての人への「直感」だった。
「大切な人を、大切だと思える瞬間に、ちゃんと抱きしめることができるように」という、あまりにも純粋で、彼が100回かけてようやく学んだ、不器用な祈り。
その祈りが世界に浸透した瞬間、街中で小さな奇跡が起きた。
喧嘩をしていた恋人が、ふと足を止めて相手の手を握る。
疎遠になっていた親子が、なぜか急に声を聴きたくなって電話をかける。
それらは魔法ではない。
ただ、私たちが「愛」という概念そのものになったことで、人々の心の奥底にある善意を、ほんの少しだけ肯定しやすくなっただけのこと。
ついに、私たちの意識が維持できる限界が訪れた。
赤ん坊の小さな手が、空を仰いで、何かを掴もうと指を動かす。
その指が空を切った瞬間、私たちの意識は火花となって散り、世界の色彩の中に完全に溶け込んだ。
「……朔夜、大好きよ。101回目の、この最高の今日をありがとう」
『……僕もだよ、つむぎ。……君が僕のすべてだった。……そしてこれからは、僕たちのすべてが、君の愛した世界になる』
私たちの「私」という意識が、最後の一滴まで絞り出され、透明な雫となって空へ昇っていく。
もはや、思考することさえできない。
ただ、圧倒的な「肯定感」だけが、私たちの魂のあった場所を埋め尽くしていた。
視界は真っ白になり、やがてそれは、どこまでも澄み渡った、突き抜けるような青空へと変わった。
雲が流れ、鳥が飛び、下界では少女が初めての「今日」を生き始める。
私たちは、もういない。
けれど、私たちは、どこにでもいる。
空から降り注ぐ光。 頬を撫でる風。
不意に胸を締め付ける、理由のない懐かしさ。
そのすべてが、かつて運命に抗い、愛し抜いた二人の物語の続き。
物語は今、個人の愛という閉じた円環を抜け出し、普遍的な世界の祝福へと姿を変えた。
絶望の100回は終わり、名前のない、輝かしい未来の1ページ目が、静かに、けれど力強くめくられる。
そこは、個人の思考が世界の鼓動と同調し、万物の声が聞こえてくる場所。
「……ねえ、朔夜。聞こえる? 街が、動き出したわ」
かつてはノイズ混じりだった街の音。
今は、何層にも重なる人々の足音、遠くで響く踏切の警報機、朝食を準備する食器の音……
それらすべてが、生命の讃歌となって私たちの意識に流れ込んでくる。
『聞こえるよ、つむぎ。……不思議だ。以前の僕なら、この音のすべてを「君の死」を招く不確定要素として排除しようとしただろうに。今は、この不規則なリズムが、こんなにも心地よく、美しいと感じる』
彼の意識が、私のすぐ隣で凪のように静まり返る。
私たちは、自分たちが消えていくプロセスを「喪失」ではなく、この世界という巨大な物語への「参加」だと捉えていた。
私たちは最後に、この世界の深層にある「アーカイブ(記録)」に手を触れた。
そこには、朔夜くんが100回繰り返したすべての時間軸の残滓が、結晶となって沈んでいる。
「これ、見て、朔夜くん。……17回目のリープで、私たちが放課後に一緒に隠した『タイムカプセル』。現実の世界では、その木はもう切り倒されちゃったけど……」
私たちが願うと、再生された街の片隅、古い神社の裏庭に、存在しないはずの一本の若木が芽吹いた。
それは、かつて私たちが共有した想いの記念碑。
誰もその意味を知らなくても、その木はこれから何十年も、この街で風に揺れ続ける。
『……つむぎ。僕も、一つだけ「理」に刻ませてほしい』
朔夜くんの意志が、世界を巡る。
彼が刻んだのは、この世界に生きるすべての人への「直感」だった。
「大切な人を、大切だと思える瞬間に、ちゃんと抱きしめることができるように」という、あまりにも純粋で、彼が100回かけてようやく学んだ、不器用な祈り。
その祈りが世界に浸透した瞬間、街中で小さな奇跡が起きた。
喧嘩をしていた恋人が、ふと足を止めて相手の手を握る。
疎遠になっていた親子が、なぜか急に声を聴きたくなって電話をかける。
それらは魔法ではない。
ただ、私たちが「愛」という概念そのものになったことで、人々の心の奥底にある善意を、ほんの少しだけ肯定しやすくなっただけのこと。
ついに、私たちの意識が維持できる限界が訪れた。
赤ん坊の小さな手が、空を仰いで、何かを掴もうと指を動かす。
その指が空を切った瞬間、私たちの意識は火花となって散り、世界の色彩の中に完全に溶け込んだ。
「……朔夜、大好きよ。101回目の、この最高の今日をありがとう」
『……僕もだよ、つむぎ。……君が僕のすべてだった。……そしてこれからは、僕たちのすべてが、君の愛した世界になる』
私たちの「私」という意識が、最後の一滴まで絞り出され、透明な雫となって空へ昇っていく。
もはや、思考することさえできない。
ただ、圧倒的な「肯定感」だけが、私たちの魂のあった場所を埋め尽くしていた。
視界は真っ白になり、やがてそれは、どこまでも澄み渡った、突き抜けるような青空へと変わった。
雲が流れ、鳥が飛び、下界では少女が初めての「今日」を生き始める。
私たちは、もういない。
けれど、私たちは、どこにでもいる。
空から降り注ぐ光。 頬を撫でる風。
不意に胸を締め付ける、理由のない懐かしさ。
そのすべてが、かつて運命に抗い、愛し抜いた二人の物語の続き。
物語は今、個人の愛という閉じた円環を抜け出し、普遍的な世界の祝福へと姿を変えた。
絶望の100回は終わり、名前のない、輝かしい未来の1ページ目が、静かに、けれど力強くめくられる。



