100回目の『初恋』、君が知らない甘い嘘

真っ白な無の世界に、私たちの歩幅に合わせて色がついていく。


それは、朔夜くんが今まで私に与えてくれた「計算された幸せ」とは違う、もっと不確かで、もっと生々しい感情の色彩だった。

「……ねえ、朔夜くん。見て、あそこ」

私が指差した先、白の平原にぽつんと、古びたバス停のようなものが現れた。


時刻表は白紙で、行き先も書かれていない。
けれど、そのベンチには、かつて私たちが一緒に食べたアイスクリームの包み紙が、風に吹かれたように貼り付いている。

「……あれは、君が中学の時に好きだった、もう廃盤になった味だね」

朔夜くんが、懐かしそうに目を細める。
彼がベンチに座ると、その隣に一冊の、背表紙が擦り切れた小説が実体化した。
私が図書室で何度も読み返した、大好きな短編集。

「この世界は、僕たちの記憶の貯蔵庫(アーカイブ)なんだ。僕たちが強く願えば、失われたはずの思い出が、こうして形を持って現れる。……けれど、それは長くは保たない」

彼が小説を手に取ると、その端からパラパラと文字が剥がれ落ち、光の粒となって消えていった。

「……やっぱり、個体としての『形』を保つには、限界があるのね」

私は彼の隣に座り、その細い肩に寄り添った。


私たちの体が、時折、淡い蛍の光のように明滅する。


この白の世界を塗り替えるための「絵の具」は、他でもない、私たちの魂そのものなのだ。
世界が豊かになればなるほど、私たち自身は薄まっていく。

「朔夜くん。……100回、あなたは私を助けてくれたけど、一回も自分のために時間を使ったことはなかったんでしょ?」

「……自分のため? 君を助けることが、僕のすべてだったから、考えたこともなかったよ」

「じゃあ、この101回目は、あなたのわがままを叶える時間にしようよ」

私は彼の、少し透け始めた手を自分の両手で包み込んだ。

「何がしたい? どこへ行きたい? 完璧なシナリオじゃなくて、あなたが本当に、ただやりたかったこと」

朔夜くんは、戸惑ったように視線を彷徨わせた。


100回ものループの中で、彼は常に「観測者」であり、「演出家」だった。
自分という存在を、彼はとっくの昔に、私のための部品にしてしまっていたのだ。

「……僕は」

彼は絞り出すように言った。

「……僕は、ただ、君と並んで、何でもない話をしながら、夕暮れの道を歩きたかった。……事故も、運命も、リープの期限も気にせずに。ただ、今日の夕飯は何にしようかとか、明日のテストが嫌だとか……そんな、取るに足らない言葉を、君と交換したかったんだ」

彼の願いは、あまりに質素で、あまりに切実だった。


神様を騙し、世界を壊してきた男の本当の望みが、そんな「当たり前の日常」だったなんて。

「……いいよ。今すぐ、叶えよう」

私が願うと、白の世界が急速に形を変えた。


現れたのは、駅前の商店街。夕焼けが街をオレンジ色に染め、どこかの家からカレーの匂いが漂ってくる。


自転車のベルの音、遠くを走る電車の音。


人々の姿はないけれど、そこには確かに「生活」の気配があった。

私たちは、手を繋いでその街を歩き出した。

「あ、あの八百屋さん、おじいちゃんがいつもおまけしてくれたんだよ」

「知ってる。君が、おまけのリンゴを重そうに鞄に詰めていた14回目の秋、僕は君の後ろを歩いていたから」

「ふふ、ストーカーね」

「否定はできないよ。……でも、今の僕は、君の隣にいる」

朔夜くんが、私の手を少し強く握った。


彼の輪郭が、夕焼けに溶けていく。

「……つむぎ。世界が満ちていく。……僕たちの『過去』が、この新しい世界の土壌になっていくよ」

足元のアスファルトからは、小さな雑草が芽吹き、道端の街灯には温かい光が灯る。


私たちが歩くたびに、世界は生命を取り戻し、そして私たちの境界線は曖昧になっていく。

「怖くないわ、朔夜くん。……だって、あなたがこの街の風になるなら、私はその風を受ける木になる。あなたが雨になるなら、私はそれを受け止める土になる。……形が変わるだけで、私たちは、この101回目の物語の中で、永遠に混ざり合っていけるんだから」

街の角を曲がった時、そこには一軒の、小さな喫茶店が現れた。


看板には名前がない。


けれど、そのドアを叩けば、新しい章が始まることを、私たちは知っていた。

「……行こう、朔夜くん。私たちの、本当のデートはここからよ」

白の世界から生まれた、夕焼けに染まる二人だけの街。


私たちは、自分たちが消えていくことさえ、最高に美しいエンディングの一部であるかのように笑いながら、その扉に手をかけた。