100回目の『初恋』、君が知らない甘い嘘

図書室の窓から差し込むのは、月光でも日光でもない、世界の断末魔のような紫電の光。


棚に並んだ背表紙の文字が、呼吸をするように歪んでは消え、また別の言語で浮き上がってくる。

「……ここが、僕たちが一番長く、静かに過ごせた場所だった」

朔夜くんの声が、静まり返った部屋に染み込むように響く。


彼は、窓際に置かれた古びた木製の机にそっと指を滑らせた。
その指先が触れた場所から、淡い光の粒子が立ち上り、過去の情景をホログラムのように映し出す。


そこには、数え切れないほどの『私たち』がいた。


放課後、黙々と勉強に励む二人。


隠れてこっそり手を繋ぎ、顔を真っ赤にしている二人。


激しい雨の中、窓の外を眺めながら、重苦しい沈黙を共有する二人。

「100回分の時間が、ここに沈殿しているんだ。つむぎ、君が僕の記憶を受け入れたことで、この場所は僕たちの『心象風景』そのものになった」

「……不思議ね。全然、怖くない」

私は彼の隣に歩み寄り、共にその「記憶の残骸」を眺めた。


100回分の愛の重みは、私の魂を一度壊し、再構築してしまった。
今の私の中に流れているのは、普通の女子高生としての血ではない。
彼の執着と、失った時間と、無数の死を栄養にして咲いた、毒々しくも美しい花のような感情だ。


私は、机の上に広げられた一冊のノートに目をやった。


それは、彼が先ほど語っていた『1回目』の、傘を貸したあの日の日記だった。

「1回目の私、こんなことを書いてたのね……。『今日、雨の中でずぶ濡れになってる男の子がいた。放っておけなくて傘を貸したけど、なんだか凄く綺麗な目をしていて、吸い込まれそうだった』……」

「……え?」

朔夜くんが、目を見開いてノートを覗き込んだ。

「そんなこと、書いてあったのか……? 僕は、君が僕のことなんて一瞥もせずに去っていったと思っていたのに」

「ふふ、そうね。1回目の私は、恥ずかしくてあなたの顔を直視できなかっただけ。……ねえ、朔夜くん。100回もやり直したのに、あなたは私の『本当の心』までは、読み切れていなかったのよ」

私は、彼のノイズ混じりの手を両手で包み込み、指先を絡めた。


彼の指は驚くほど細く、繊細で、そして今にも消えてしまいそうなほど頼りなかった。

「あなたは完璧なシナリオを作ろうとして、私の反応を予測して、誘導してきた。でも、心なんて予定通りにはいかないものよ。……あなたが100回絶望したのと同じように、私も100回、あなたを愛するチャンスを失ってきたのかもしれない」

「……つむぎ……」

「だから、もういいの。シナリオなんて、破り捨てて。演出も、仕掛けも、神様への祈りも、全部いらない。……ただの、私を見て。101回目の、狂ってしまった私のことを」

私は彼の胸元に手をかけ、自分の方へと引き寄せた。


図書室の外では、ついに校舎の壁が剥がれ落ち、虚無の闇がすぐそこまで迫っている。


本棚の隙間から、過去の私たちが書いたラブレターや、撮った覚えのない写真が溢れ出し、竜巻のように渦を巻いている。

「ねえ、朔夜くん。この世界が完全に消えるまで、あとどれくらい?」

「……分からない。1分かもしれないし、永遠かもしれない。ここは時間の概念が死んでしまった場所だから」

「そう。……じゃあ、十分ね」

私は、彼の首筋に腕を回し、深く、深く、その不確かな温もりに沈み込んだ。


私たちの周囲を、無数の『過去』が猛スピードで通り過ぎていく。


莉子の笑い声、両親の呼ぶ声、教室の喧騒、踏切の音。


それらすべてが、最後の一滴まで搾り取られた果実のように、闇の中に吸い込まれて消えていく。

「愛してる、朔夜。……この言葉だけは、100回繰り返しても、一度も嘘じゃなかったわ」

私がそう告げた瞬間、朔夜くんの目から、堰を切ったように涙が溢れ出した。


彼は子供のように声を上げて泣き、私という唯一の現実にしがみついた。

「ああ、愛してる……。愛してる、つむぎ。……君を救うためじゃなく、ただ、君と一緒にいたかっただけなんだ……!」

その剥き出しの告白が、崩壊する世界の中心で、真実の響きを持って響き渡った。


光がすべてを飲み込み、図書室の輪郭が溶け、私たちは重力を失い、純粋な意識の奔流へと身を投じた。

どこかで、時計の針が最後の一刻を刻む音が聞こえた。


それが、終焉の合図なのか、あるいは――新しい物語の始まりなのか、私たちにはもう関係のないことだった。

暗闇の中で、二つの魂が一つに溶け合う。


そこにはもう、完璧なシナリオも、残酷な運命も、悲劇のヒロインもいなかった。


ただ、永遠に続く、熱い愛の記憶だけが、消えない星のように、そこに留まっていた。