100回目の『初恋』、君が知らない甘い嘘

誰もいない街。
音のない風が、アスファルトの上に積もった「記憶の断片(写真)」をカサカサと鳴らして通り過ぎていく。

「……ねえ、見て、朔夜くん。あの看板、私が昔好きだったアイスクリーム屋さんのままだよ」

私は、彼のノイズ混じりの腕に自分の腕を絡め、ゆっくりと歩き出した。


歪んだ電柱、色が抜けた信号機、そして時が止まったままの自動販売機。
すべてが私たちのための舞台装置(プロップ)のように、ただそこに置かれている。

「……つむぎ、本当に後悔していないのか?」

朔夜くんの声は、ひび割れたレコードのように、ときどき掠れて震えていた。


彼は、自分を消して私を救うはずだった。
それなのに、私が彼を道連れにして、この終わりのない「空白」を選んでしまったことが、彼にはまだ信じられないようだった。

「後悔? どうして。……100回も私を追いかけてくれたあなたに、1回くらい私が追いすがったって、バチは当たらないでしょ?」

私は立ち止まり、彼を正面から見つめた。


彼の体は、ときどき透けて、背後の景色が透けて見える。


リープを司っていた「力」の残滓が、この反転した世界を維持するために、彼の存在を燃料として燃やし続けているのだ。

「……僕は、君に自由をあげたかったんだ。僕という呪縛から解き放たれて、誰の意図も介在しない、真っさらな明日を……」

「そんなもの、私にとっては自由じゃなくて、ただの孤独だよ。朔夜くんがいない世界で、何事もなかったように笑う私は、もう私じゃない。……私はね、あなたに『完璧な私』を演じさせられていたんじゃない。あなたが私を見てくれているから、私は私でいられたの」

私は、彼の冷たい頬に手を添えた。


指先が、彼の顔の一部と重なり、砂のように崩れそうになる。


それでも、私は離さなかった。

「……ああ、つむぎ。君は、僕が思っていたよりもずっと……残酷で、愛おしい」

朔夜くんは、私の手に自分の手を重ね、縋るように目を閉じた。


その瞬間、私たちの足元の地面が、波紋のように大きく揺らいだ。


一瞬、景色が「病院の廊下」に変わる。


そこには、ベッドに横たわる私を、死んだような魚の目で眺める朔夜くんの姿があった。


また一瞬、景色が「夕暮れの海」に変わる。


そこには、泣き叫ぶ私を無理やり抱きしめ、一緒に海に身を投げようとする狂った朔夜くんの姿があった。

「……これ、全部、あったことなのね」

「……ああ。見せたくなかった、醜い僕たちの成れの果てだ。僕が失敗し、壊れて、君を壊してしまった世界の残骸……」

彼は苦しそうに顔を背けた。
けれど、私はその残骸の一つ一つを、愛おしそうに見つめた。

「いいよ。全部、見せて。……あなたが私を愛して、狂って、迷走した100回分の記録。……そのすべてを、私という器の中に注ぎ込んで。私が全部、覚えておくから。……あなたが一人で抱えてきたものを、半分、私にちょうだい」

私は、彼のノイズ混じりの唇に、静かに自分の唇を重ねた。


冷たくて、ざらりとした感触。


けれどその奥には、何万時間もの孤独を煮詰めたような、濃密な熱があった。


重なり合った瞬間、私の脳内に、濁流のような記憶が流れ込んできた。


1回目の出会いの雨。 15回目の誕生日のケーキ。


40回目の喧嘩のあとの涙。 88回目の、死に際の約束。

「……っ、……あ……あぁ……っ」

あまりの情報の多さに、私の視界が白く弾ける。


私の自我が、100人分の「紬希」の記憶に押し潰されそうになる。


けれど、その濁流の底で、私は見つけた。


どの世界の、どの瞬間でも、朔夜くんの瞳が、私だけを映して、狂おしいほどに輝いていたことを。

「……つむぎ! しっかりして!」

彼が私を抱きしめる。


気づけば、私たちは、かつて二人で通った「あの図書室」の真ん中に立っていた。


窓の外は、真っ暗な闇に紫色の稲妻が走っている。

「……大丈夫。……全部、もらったよ、朔夜くん」

私は、荒い息をつきながら笑った。


100回分の愛を、100回分の苦痛を、私は今、自分のものとして引き受けた。


もう、私たちは「神様」と「人形」じゃない。


共犯者であり、運命を分け合う一対の魂になったのだ。

「……さあ、始めよう。……101回目の、誰も知らない私たちの時間を」

私は、図書室の窓の外に広がる、崩壊し続ける世界を指差した。


そこには、もう未来も、明日もない。


ただ、永遠に続く「今」が、残酷なほど甘く、私たちを待っていた。