100回目の『初恋』、君が知らない甘い嘘

春の光が、教室の窓から柔らかく差し込んでいた。


風に乗って運ばれてくる桜の香りに、私は少しだけ鼻をくすぐられる。

「つむぎ」

背後から耳元で、低くて心地よい声が響いた。


振り返るまでもない。
私の心臓を、一瞬で跳ね上げさせる温度を持った声。

「……朔夜(さくや)くん」

そこには、淡いブルーのカーディガンを羽織った一ノ瀬朔夜が立っていた。


学年中の女子が一度は振り返るような、涼やかな目元と、形の良い唇。
そんな彼が、私だけに甘い微笑みを向けている。

「はい、これ。今日のつむぎは、きっとこれが飲みたい気分だと思って」

差し出されたのは、近くのカフェの限定メニュー『完熟苺のふわふわラテ』だった。


私は思わず、ぱちぱちと瞬きを繰り返す。

「えっ、すごい……! どうしてわかったの? 今、ちょうど昨日から発売されたこれ、飲みたいなって考えてたところで……」

「なんとなくね。つむぎのことなら、なんでもわかるよ」

朔夜くんは私の頭を、大きな手で優しく撫でた。


その指先が髪に触れるたび、甘い痺れが全身に広がる。
付き合って三ヶ月。彼はいつだって、私の望むものを、望む瞬間に差し出してくれる。

まるで、私の心の中をあらかじめ読み取っているかのように。

「放課後、図書室で勉強するでしょ? その時に飲んで。じゃあ、また後で」

彼はひらひらと手を振って、自分の教室へと戻っていく。


残された私は、まだ温かいカップを両手で包み込んだ。

「……また後で、って、私まだ放課後の予定言ってなかったよね?」

ふと浮かんだ疑問は、カップから立ち上る苺の甘い香りに溶けて消えた。


こんなに優しくて、完璧な彼氏。


私は今、世界で一番幸せな女の子に違いない。


窓の外では、ひらひらと桜の花びらが舞っている。


この穏やかで甘い時間が、永遠に続く。


この時の私は、なんの疑いもなく、そう信じていた。