無愛想なルームメイトは、夢の中で俺に溺れている

帰りのバスの車内は、行きよりもずっと静かだった。


疲れ果てて泥のように眠る部員たちの中、俺と湊だけが、覚醒したままの意識で隣り合っている。

窓の外は、夕暮れ時の淡い紫に染まり始めていた。


俺はタートルネックの襟を何度も引き上げ、マフラーを締め直す。
湊がつけたあの「痕」が、皮膚を通して脈打っているような気がして、ずっと落ち着かなかった。

「……悠真、そんなに動くと、マフラーがズレるぞ」

湊が低い声で言い、無防備に晒されかけた俺の首筋を、自分の長い指先でそっとなぞった。

「っ、……触るな。湊のせいで、俺は生きた心地がしないんだからな」

「……お前が、あんなに煽るような声を出すからだ」

湊は平然と言い放ち、あろうことか俺の耳たぶを指先で軽く弾いた。

「なっ……!」

思わず声を上げそうになり、俺は慌てて口を押さえる。
周囲を見渡すが、佐々木たちは爆睡中で気づいた様子はない。
だが、この密室で、いつ誰が目を開けるか分からない状況での湊の「攻勢」は、俺の精神を限界まで削り取っていく。

「……なぁ、湊。……お前、怖くないのか?」

「何をだ」

「バレることだよ。……湊は頭もいいし、将来だって期待されてる。なのに、俺みたいな男とのことがバレたら……」

俺の言葉が終わる前に、湊の手が、マフラーの上から俺の首を包み込むように固定した。

強くはないが、逃げられない力。

「……悠真。お前は、まだそんなことを気にしているのか。俺にとっての将来とは、お前が隣にいる未来のことだ。それ以外のものは、すべて付随するオマケに過ぎない」

湊の瞳は、冗談を言っているようには見えなかった。

「……お前、重すぎるよ」

「重くて結構だ。……俺は、お前を一生かけて抱えていくつもりだからな」

そう言うと、湊は俺の頭を自分の肩に乗せ、俺の手をコートの中で力強く握りしめた。


その手の熱さに、俺は少しずつ毒気が抜かれていくのを感じた。

「……勝手な奴」

「あぁ、お前の前でだけは、な」

バスが大学の正門に到着し、解散の挨拶が終わった頃には、夜の帳が完全に下りていた。

「じゃーな、悠真! 一ノ瀬! 明日の一限、代返頼むわー」

佐々木が千鳥足で帰っていくのを見送り、俺たちはようやく、自分たちの「城」へと向かう電車に乗り込んだ。

家路を急ぐ足取りは、自然と速くなる。
駅前のスーパーで、明日以降の食材を買う気力さえも、今の俺たちには残っていなかった。

「……ただいま」

「……あぁ、おかえり」

玄関の鍵を閉めた瞬間、俺は糸が切れたように玄関マットの上に座り込んだ。


合宿中の緊張と、寝不足と、湊からの過剰な愛情攻撃。
そのすべてが、一気に疲労となって押し寄せてくる。

「疲れたか」 湊が俺の前に膝をつき、優しく俺のマフラーを解き始めた。


布が滑り落ち、露わになった俺の首筋。
鏡を見るまでもなく、そこにはまだ、湊の執着の証がはっきりと残っているはずだ。

「……湊のせいで、……本当に、寿命が縮まった」

「……なら、俺がその分、お前を愛して長生きさせてやる」

湊は俺の鎖骨の痕に、祈るような、あるいは誓うような深いキスを落とした。
合宿という「外」での戦いを終えた俺たちは、ようやく自分たちだけの境界線の中に戻ってきたのだ。

カーテンのない寝室。
二つ並んだベッド。
昨日までの俺たちは、どこか背伸びをして「恋人」を演じていたのかもしれない。


だけど、今の俺たちは、お互いの弱さも、醜い独占欲も、すべてを分け合える本当の「番(つがい)」になれたような気がした。

「……悠真、風呂にするか? それとも、……先に俺で満たされるか?」

「っ、……風呂に決まってるだろ、馬鹿!」

俺が顔を真っ赤にして叫ぶと、湊は愉快そうに、そして最高に愛おしそうに笑った。


ルームシェアという名の共同生活は、ここからさらに、後戻りのできない甘い深淵へと続いていく。