「……みなと……っ、もう、いいだろ」
湯気の中に溶けていく俺の声は、自分でも驚くほど甘く、頼りなく響いた。
湊の指が俺のうなじをなぞり、濡れた髪をかき上げる。
露天風呂を囲む岩肌に背中を押し付けられ、逃げ場を失った俺の視界には、月光を反射して怪しく光る湊の瞳しかなかった。
「よくない。……足りないんだ、悠真。外にいる間中、俺はお前を誰の目にも触れさせたくないと、そればかり考えていた」
湊の低い声が、温泉の心地よい水音を突き抜けて鼓膜を震わせる。
あいつの唇が俺の肩口に押し当てられ、吸い付くような熱さが走った。
「痛っ……! 湊、跡がつく……っ」
「……つけて何が悪い。お前が俺のものだという証拠だ」
湊は少しも悪びれる様子もなく、むしろ誇らしげに俺の鎖骨のあたりを熱い舌でなぞった。
昼間の冷徹なエリート大学生が、この暗闇の中では執着心の塊のような獣に変わっている。
そのギャップに、俺の理性は音を立てて崩れ去っていった。
翌朝。
旅館の古い木造廊下を走る、宴会終わりの騒がしい足音で目が覚めた。
俺が寝惚け眼をこすりながら身体を起こそうとすると、腰に回された湊の腕にグイと引き戻された。
「……あと五分。まだ奴らは起きてこない」
「だめだろ、朝食の時間に遅れたら佐々木たちが呼びに来る!」
俺は必死に湊の腕を解き、鏡の前へと這いずり出した。
浴衣の合わせを直し、襟元を鏡に映した瞬間、俺は凍りついた。
「…………っ、湊!!」
「……なんだ。騒々しい」
「なんだじゃない! これ、どうすんだよ!」
鏡の中の俺の首筋から鎖骨にかけて、点々と、隠しようのないほど鮮やかな紅い痕が刻まれていた。 湊は欠伸をしながら起き上がり、俺の背後に立つと、鏡越しにその痕を満足げに見つめた。
「綺麗だ。よく似合っているぞ、悠真」
「褒めてる場合か! 今日、これから海沿いの散歩コースを回るんだぞ? 浴衣じゃなくてTシャツなんだぞ!」
「……ストールでも巻けばいい。冬で助かったな」
他人事のように言う湊の横腹を、俺は力いっぱい小突いた。
結局、俺は持ってきた服の中で一番襟が高いタートルネックを着込み、さらにその上にマフラーをぐるぐる巻きにするという、真冬の重装備で朝食会場へと向かうことになった。
朝食会場では、二日酔いで死にそうな顔をしたサークルの連中が集まっていた。
「おはよー、悠真……。お前、なんでそんな冬山登山みたいな格好してんの?」
佐々木が、目を血走らせながら味噌汁をすすっている。
「あ、いや……なんか朝方、急に冷え込んでさ。風邪引いたみたいで」
「へぇー。一ノ瀬はピンピンしてるのにな。お前ら、昨日の夜、別行動してたろ? どっか行ってたのか?」
佐々木の鋭い視線が、俺の首元に集中する。
俺は生きた心地がせず、咄嗟に湊の顔を見た。
湊は優雅に焼き魚を箸でほぐしながら、事も無げに答えた。
「悠真が冷えたというから、温め直してやっていたんだ。……深夜までな」
「ブフッ!!」
俺は飲んでいたお茶を豪快に吹き出した。
佐々木は「……あぁ、そう。仲良いねぇ、相変わらず」と半信半疑のまま目を逸らしたが、俺の心臓はもう限界だった。
「湊……! お前、言葉を選べって!」
「事実だ。嘘はついていない」
湊は俺の腰にそっと手を添えると、耳元で小さく囁いた。
「……そんなに怯えるな。バレたらバレたで、俺はお前を抱えてこの旅館から逃げ出す準備はできている」
冗談には聞こえない。
この男なら、本当にやりかねない。
俺はマフラーの中に顔を埋め、残りの合宿時間を、湊の過剰な独占欲からどう生き延びるかだけを考え始めた。
帰りのバスの座席は、また湊が一番に確保していた。
窓の外に流れる冬の景色を眺めながら、俺の手は再び、湊の大きな手に包み込まれた。
この秘密の重みは、心地よいけれど、いつか弾けてしまいそうな危うさを孕んでいた。
湯気の中に溶けていく俺の声は、自分でも驚くほど甘く、頼りなく響いた。
湊の指が俺のうなじをなぞり、濡れた髪をかき上げる。
露天風呂を囲む岩肌に背中を押し付けられ、逃げ場を失った俺の視界には、月光を反射して怪しく光る湊の瞳しかなかった。
「よくない。……足りないんだ、悠真。外にいる間中、俺はお前を誰の目にも触れさせたくないと、そればかり考えていた」
湊の低い声が、温泉の心地よい水音を突き抜けて鼓膜を震わせる。
あいつの唇が俺の肩口に押し当てられ、吸い付くような熱さが走った。
「痛っ……! 湊、跡がつく……っ」
「……つけて何が悪い。お前が俺のものだという証拠だ」
湊は少しも悪びれる様子もなく、むしろ誇らしげに俺の鎖骨のあたりを熱い舌でなぞった。
昼間の冷徹なエリート大学生が、この暗闇の中では執着心の塊のような獣に変わっている。
そのギャップに、俺の理性は音を立てて崩れ去っていった。
翌朝。
旅館の古い木造廊下を走る、宴会終わりの騒がしい足音で目が覚めた。
俺が寝惚け眼をこすりながら身体を起こそうとすると、腰に回された湊の腕にグイと引き戻された。
「……あと五分。まだ奴らは起きてこない」
「だめだろ、朝食の時間に遅れたら佐々木たちが呼びに来る!」
俺は必死に湊の腕を解き、鏡の前へと這いずり出した。
浴衣の合わせを直し、襟元を鏡に映した瞬間、俺は凍りついた。
「…………っ、湊!!」
「……なんだ。騒々しい」
「なんだじゃない! これ、どうすんだよ!」
鏡の中の俺の首筋から鎖骨にかけて、点々と、隠しようのないほど鮮やかな紅い痕が刻まれていた。 湊は欠伸をしながら起き上がり、俺の背後に立つと、鏡越しにその痕を満足げに見つめた。
「綺麗だ。よく似合っているぞ、悠真」
「褒めてる場合か! 今日、これから海沿いの散歩コースを回るんだぞ? 浴衣じゃなくてTシャツなんだぞ!」
「……ストールでも巻けばいい。冬で助かったな」
他人事のように言う湊の横腹を、俺は力いっぱい小突いた。
結局、俺は持ってきた服の中で一番襟が高いタートルネックを着込み、さらにその上にマフラーをぐるぐる巻きにするという、真冬の重装備で朝食会場へと向かうことになった。
朝食会場では、二日酔いで死にそうな顔をしたサークルの連中が集まっていた。
「おはよー、悠真……。お前、なんでそんな冬山登山みたいな格好してんの?」
佐々木が、目を血走らせながら味噌汁をすすっている。
「あ、いや……なんか朝方、急に冷え込んでさ。風邪引いたみたいで」
「へぇー。一ノ瀬はピンピンしてるのにな。お前ら、昨日の夜、別行動してたろ? どっか行ってたのか?」
佐々木の鋭い視線が、俺の首元に集中する。
俺は生きた心地がせず、咄嗟に湊の顔を見た。
湊は優雅に焼き魚を箸でほぐしながら、事も無げに答えた。
「悠真が冷えたというから、温め直してやっていたんだ。……深夜までな」
「ブフッ!!」
俺は飲んでいたお茶を豪快に吹き出した。
佐々木は「……あぁ、そう。仲良いねぇ、相変わらず」と半信半疑のまま目を逸らしたが、俺の心臓はもう限界だった。
「湊……! お前、言葉を選べって!」
「事実だ。嘘はついていない」
湊は俺の腰にそっと手を添えると、耳元で小さく囁いた。
「……そんなに怯えるな。バレたらバレたで、俺はお前を抱えてこの旅館から逃げ出す準備はできている」
冗談には聞こえない。
この男なら、本当にやりかねない。
俺はマフラーの中に顔を埋め、残りの合宿時間を、湊の過剰な独占欲からどう生き延びるかだけを考え始めた。
帰りのバスの座席は、また湊が一番に確保していた。
窓の外に流れる冬の景色を眺めながら、俺の手は再び、湊の大きな手に包み込まれた。
この秘密の重みは、心地よいけれど、いつか弾けてしまいそうな危うさを孕んでいた。


