無愛想なルームメイトは、夢の中で俺に溺れている

サークル合宿当日。
貸し切りバスの車内は、独特の浮ついた熱気に包まれていた。  


普段なら一番後ろの席で寝たふりを決め込むはずの一ノ瀬湊が、当然のように俺の隣に座っている。それだけで、周囲の女子たちの視線が「なぜ一ノ瀬がそこに?」という驚きと共に突き刺さる。

「……湊、そんなにこっち見んな。佐々木たちがこっち見てるだろ」

「見ていればいい。俺がお前の隣に座るのは、宇宙の真理と同じくらい当然のことだ」

湊は小声でとんでもないことを言いながら、通路から見えない位置で俺の指を自分の指に絡めた。
分厚いコートの裾が、俺たちの繋がった手を隠している。  


指先から伝わる湊の体温。それは、冷房の効きすぎた車内において、唯一の熱源だった。


目的地は、山合にある古い温泉旅館だった。  


到着するなり、サークルの連中は「宴会だ!」「温泉だ!」とはしゃぎ回る。
男子部屋は十人一畳の雑魚寝スタイル。
俺の荷物を置く場所を確保しようとすると、湊がスッと俺の前に立ちはだかった。

「悠真、お前は俺の右隣だ。左は壁。これでお前に近づける奴はいなくなる」

「……お前、そこまでやるか?」

「足りないくらいだ。佐々木、そこは俺の場所だ。どけ」

湊は、俺の隣に布団を敷こうとした佐々木を、氷のような視線で射抜いた。

「うわ、出たよ一ノ瀬の鉄壁ガード。悠真、お前一ノ瀬に呪われてるんじゃないか?」

「あはは……まあ、いつものことだからさ」

苦笑いして誤魔化すが、湊の目は笑っていない。  


あいつにとって、この合宿はバカンスではなく、俺という獲物を狙う外敵から守るための「籠城戦」なのだ。


宴会が始まると、状況はさらに激化した。  


湊の予想通り、酒が入った連中はどんどん距離が近くなる。

「瀬戸くーん、こっち来て一緒に飲もうよ!」  

文学部の女子たちが俺を手招きする。
いつもなら愛想笑いで応じるところだが、横に座る湊から発せられるプレッシャーが半端ではない。

「……あ、俺はここで大丈夫。湊が酒に弱いからさ」  

嘘だ。
湊はザルだ。  

だが、湊は満足げに俺の肩を抱き寄せると、グラスを掲げて見せた。

「悪いな。悠真は俺の『介抱役』なんだ」

あいつの腕が、俺の肩を強く引き寄せる。  


周囲には「仲の良い友人同士」に見えているかもしれない。
だが、俺の耳元には湊の熱い吐息がかかり、あいつの指が俺の肩をじりじりと熱くさせている。


やがて宴会もたけなわ。  


酔い潰れた佐々木たちが雑魚寝部屋へと引き上げた頃、俺と湊はひっそりと旅館の裏手にある露天風呂へと向かった。  


湯気が立ち上る中、二人きりの空間。

「……ふぅ。疲れた……」  

湯船に浸かり、月を見上げながら俺は息を吐いた。  


すると、隣にいた湊が、水面の下で俺の腰を強引に引き寄せた。

「っ、……湊、ここ、誰か来るかも……!」

「見張りは立ててきた。……一時間、誰もここには入れない」

湊の濡れた髪から滴が落ち、俺の鎖骨を濡らす。  


月明かりに照らされた湊の表情は、昼間のクールなそれとは違い、情欲と独占欲でドロドロに溶け出していた。

「……悠真、お前、さっき佐々木の隣で笑っていただろ。……俺は、あの瞬間、あいつのグラスに毒でも盛りたい気分だった」

「過激すぎるだろ……。俺は、お前と一緒にいられたから楽しかっただけだよ」

「……口が上手くなったな。……なら、その口で俺の名前を呼べ。……寝言じゃなくて、今、俺を求めている声で」

湊の唇が、俺の首筋を食む。  


温泉の熱気か、それとも湊の熱か。
俺の意識は白く濁り、ただ湊の腕の中で、あいつの望むままに名前を呼び続けることしかできなかった。

「……みなと……っ」

合宿の夜。  


旅館の古い木造の壁越しに、俺たちの熱は、静かに、だけど激しく溶け合っていった。  


明日、佐々木たちにどんな顔をすればいいか。
そんな不安さえも、湊の熱い抱擁の中では、どうでもいい小事のように思えた。