無愛想なルームメイトは、夢の中で俺に溺れている

湊の腕の中に収まっていると、ここが世界で一番安全な場所であると同時に、世界で一番理性が溶けていく場所だということを痛感させられる。

湊は俺の(うなじ)に顔を寄せ、深く息を吐き出した。

「……なぁ、悠真。一つ約束してくれ」

「……約束? 急に何だよ」

湊が顔を上げ、暗闇の中で俺の目を真っ直ぐに見つめた。
その瞳には、昼間の完璧な大学生の面影はなく、まるで大切な宝物を誰かに奪われるのを怯える子供のような、切実な色が浮かんでいた。

「これから先、何があっても……たとえ誰に何を言われても、この部屋に帰ってくること。俺の手を離さないこと。……それだけは、絶対に守れ」

「湊……」

あいつの言葉の裏にある「恐怖」を、俺は初めて肌で感じた気がした。
湊にとって、このルームシェアは単なる節約や利便性のための提案なんかじゃなかったんだ。
俺を「友達」という名の檻に閉じ込めてでも、自分のそばに繋ぎ止めておきたかった、あいつの最後の賭けだったんだ。

俺は絡められた指に力を込め、あいつの手を強く握り返した。

「守るよ。当たり前だろ。……俺が帰りてーのは、湊がいる場所だけだ。……お前が寝言で俺の名前を呼び続けてる限り、俺はどこにも行かねーよ」

俺が少し茶化すように言うと、湊は呆れたように笑い、それから愛おしさを堪えきれないというように俺を強く抱きしめた。

「……本当にお前は……。寝言のネタは一生言われ続けるんだな」

「当たり前だ。あんなに切ない声出してたんだから、責任取れよな」

「……あぁ、一生かけて取るつもりだ」

翌朝、俺たちはいつものように同じ時間に家を出た。
しかし、昨日までとは少しだけ空気が違っていた。
湊が俺の歩調に合わせて歩き、人がいない角を曲がる瞬間、不意に俺の頭をぽん、と撫でる。

「……湊、またやってる」

「いいだろう。これくらいは俺の権利だ」

大学に着くと、講義室の前で佐々木たちが騒いでいた。

「おーい、悠真! 一ノ瀬! 聞いたか? 今度のサークル合宿、一ノ瀬も来るって返事したんだってな! お前が来るなら女子の参加率が倍になるぜ!」

佐々木の声に、俺は思わず湊を振り返った。
湊は人付き合いを最小限にするタイプで、サークル合宿なんて今までは理由をつけて断っていたはずだ。

「湊、お前行くの?」

「……あぁ。お前が『行く』と書いていたからな。……あんな場所にお前を一人で放り込めるわけがない。酒も入るだろうし、どんな奴が近づくか分かったもんじゃないからな」

湊は俺の耳元で、佐々木たちには聞こえない低い声で付け加えた。

「二十四時間、お前を俺の監視下に置いておかないと、気が済まないんだ」

その徹底した独占欲に、俺は呆れを通り越して、なんだか誇らしいような気分になっていた。

「……お前、合宿中ずっと俺の横に張り付く気かよ」

「そのつもりだ。文句があるなら、今からでもお前の参加を取り消して二人で旅行にでも行くか?」

「行かないって! ……分かったよ、一緒にいればいいだろ」

俺が降参して笑うと、湊は満足げに頷き、周囲を威嚇するかのような鋭い視線を一瞬だけ佐々木たちに向けた。

「……よし。じゃあ、準備を始めないとな。……お前を誰にも触れさせないための、準備を」

湊の「過保護」は、恋人になったことでさらにパワーアップし、もはや誰にも止められない領域に突入していた。
ルームシェア二週間目。
静かだった二人の生活に、サークル合宿という大きな波乱の予感が忍び寄っていた。