無愛想なルームメイトは、夢の中で俺に溺れている

「……今夜も、寝かせないからな、悠真」

その言葉は、冗談でも脅しでもなかった。
湊の腕から伝わってくる熱量は、日を追うごとに増している気がする。
俺の肩に額を預け、深く吐息をつく湊の背中を、俺は買い物袋を提げたまま、そっと自由になった手で撫でた。

「……分かった、分かったから。まずは飯にしよう。腹が減っては戦はできぬ、だろ」

「戦……。ふっ、お前がそれを言うか」

湊はようやく俺を解放すると、少しだけ名残惜しそうに唇を尖らせ、床に置いた買い物袋を拾い上げた。  


キッチンに並んで立ち、玉ねぎを刻む湊の横顔を盗み見る。
昨日までの俺なら、「湊は今日も綺麗だな」と客観的に感心して終わっていたはずなのに、今はその綺麗な横顔も、時折こちらに向けられる熱っぽい視線も、すべてが俺の心臓を直撃する凶器に変わっていた。


夕食後のリビング。  


いつもならそれぞれスマホをいじったり、課題を片付けたりする時間だが、今の俺たちには「適切なパーソナルスペース」なんて概念は消失していた。  


ソファに座る湊の足の間に、俺が座り込む。
湊の大きな身体が俺の背中を包み込み、彼は俺の肩に顎を乗せたまま、一緒に一冊の雑誌を眺めていた。

「……なぁ、湊。さっきの佐々木の話だけどさ。あいつ、本当に勘がいいから、あんまり露骨に避けると逆に怪しまれるぞ」

「……分かっている。だが、あいつがお前に触れるのだけは、どうしても生理的に受け付けないんだ」

「生理的って……あいつも友達だろ」

「友達だろうが何だろうが関係ない。……悠真、お前は無自覚すぎる。お前が笑うと、周りの空気がどれだけ柔らかくなるか、自分で気づいていないのか?」

湊の指が、俺の耳たぶを優しく弄る。
その仕草一つひとつに、俺は身体を強張らせることしかできない。

「……俺は、ただ普通にしてるだけだって」

「その『普通』が、俺にとっては一番の脅威なんだ。……お前を誰にも渡したくない。この部屋から一歩も出したくないとさえ思っている俺の気持ちを、お前は一生かかっても理解できないだろうな」

湊の言葉は重い。
だけど、その重さが今は心地よかった。  


あんなに孤独だった寝室で、仕切りカーテンの向こうから聞こえていた「寝言」。
あの時の湊が、どれほどの飢餓感を抱えていたのかを想像すると、今の彼の独占欲すらも、愛おしい報いのように思える。


夜も更け、二人の寝室へ移動する。  


かつて俺たちを隔てていたあのカーテンは、もはや完全にその役目を終え、壁際に追いやられていた。  


二つのシングルベッドをくっつけた、不格好な「ダブルベッド」のような場所。それが今の俺たちの、誰にも邪魔されない聖域だ。

「……悠真、こっちへ来い」

湊がシーツをめくり、俺を招き入れる。  


俺は照れ臭さを隠すようにして、湊の腕の中へと潜り込んだ。  


暗闇の中で、湊の手が俺のパジャマの裾から滑り込んでくる。
熱い手のひらが俺の脇腹をなぞり、ゆっくりと心臓の音を確かめるように胸元へと上がってきた。

「……ドキドキしてるな」

「……うるさい。湊だって、速いだろ」

指を絡め合い、互いの体温を交換する。  


湊の唇が俺の額、鼻先、そして唇へと、羽が触れるような優しさで降りてきた。

「……悠真、俺を選んでくれてありがとう。……ルームシェアを提案したあの日の俺を、褒めてやりたい」

「……俺も。……あの時、断らなくて良かった」

俺たちは、どちらからともなく求め合うように深く重なり合った。  


湊の名前を呼ぶ俺の声が、夜の静寂に溶けていく。  


あの日、夢の中で俺を追いかけていた湊。
今の彼は、もう夢を見る必要はない。  


だって、彼が一番求めていたものは、今こうして、彼の腕の中で確かに息づいているのだから。

「……愛してる、悠真。……一生、離さない」

囁かれた誓いは、寝言よりもずっと鮮明に、俺の魂に刻み込まれた。  


ルームシェア一週間目の夜。  


俺たちの新しい物語は、まだ序章を終えたばかりだった。