「恋人」になって初めて迎える月曜日。
大学へ向かう道すがら、俺の意識は昨日までの熱っぽい余韻と、目の前の「日常」とのギャップに激しく揺さぶられていた。
隣を歩く湊は、いつもと変わらない無機質な表情で前を見据えている。
だけど、すれ違う瞬間に、誰にも見えない位置で俺の指先に彼の指がかすめる。
ただそれだけのことが、電気に打たれたような衝撃を俺に与えた。
「……なぁ、湊。さっきから、わざとやってるだろ」
「何のことだ?」
湊は涼しい顔で答えるが、その耳の端がわずかに赤くなっているのを俺は見逃さない。
大学の正門をくぐった瞬間、俺たちは「適切な距離」を保つ。
それは昨日までの「親友」の距離ではなく、お互いの存在を強烈に意識しながらも、それを周囲に悟られないように必死で繕う、危うい境界線だった。
三限の空きコマ。俺たちはいつものように学食の隅で、それぞれの課題を広げていた。
そこに、嵐を呼ぶ男・佐々木がやってくる。
「よぉ、悠真、一ノ瀬! お前ら、先週のイルミネーションの目撃談、今でも女子の間で持ちきりだぞ」
「……またその話か、佐々木。いい加減にしてくれよ」
俺は必死でノートに目を落とすが、佐々木はニヤニヤしながら俺たちの顔を交互に覗き込んだ。
「いやさ、一ノ瀬の『大切な奴』が誰かってのもあるけどさ。最近のお前ら、なんか雰囲気が違うっていうか……。なんていうか、妙に『落ち着いてる』んだよな」
佐々木の何気ない一言に、俺の背中に冷たい汗が流れる。
鋭い。
こいつ、バカなふりをしていて、たまにこういう核心を突いてくる。
「……生活のリズムが整っただけだ。ルームシェアを始めたからな」
湊は一ミリも動揺を見せず、教科書をめくりながら答えた。
「へぇ……。ま、お前らが仲良いのは昔からだけどさ。悠真、お前も『大切な人』できたら教えろよ? ルームシェア解消なんてことになったら、俺が次に一ノ瀬の同居人に立候補するからな」
佐々木が冗談で俺の肩を叩く。
その瞬間、俺の隣で湊の空気が、一瞬で氷点下まで下がった。
湊は、佐々木の手が置かれた俺の肩を、無言で、そして射抜くような視線で睨みつけている。
「……佐々木。悠真に気安く触れるな。こいつは今、課題で集中しているんだ」
「お、おう……。なんだよ一ノ瀬、相変わらず過保護だな」
佐々木が引き気味に去っていった後、俺は大きくため息をついた。
「湊! お前、ちょっと独占欲が出すぎだろ。佐々木だって怪しんでたぞ」
「……あいつが、お前の肩に触れるのが気に入らないだけだ。俺以外の体温を、お前に残したくない」
湊はそう言うと、テーブルの下で俺の太ももをギュッと強く掴んだ。
「っ、……湊、ここ、学食だって!」
「分かっている。……だから、触れるだけで我慢してやっているんだ」
あいつの瞳は、冗談を言っているようには見えなかった。
昨日、俺のすべてを繋ぎ止めたあの夜の熱が、まだ湊の中で、そして俺の中で、燻り続けている。
夕暮れ。
大学からの帰り道、俺たちはスーパーで一週間分の食材を買い込んだ。
レジ袋を二つ提げて歩く帰り道は、どこにでもある普通の「同居人」に見えるだろう。
だけど、俺たちの間には、言葉にしなくても伝わる濃密な感情が満ちていた。
「……なぁ、湊。今日の夕飯、何にする?」
「お前の好きな、ハンバーグだ。……昨日の夜、体力を消耗しただろうからな」
「っ、……お前、そういうこと外で言うなよ!」
俺が真っ赤になって怒ると、湊は今日一番の柔らかい笑顔を見せた。
家に着き、玄関の鍵を開ける。
「ただいま」という言葉が、二人の声で重なった。
靴を脱ぎ、リビングに入った途端。
湊は買い物袋を床に置くと、背後から俺を包み込むように抱きしめた。
首筋に、湊の熱い唇が触れる。
「……湊、……まずは片付けようよ」
「嫌だ。……一日中、外でお前と距離を置かなきゃいけないのが、どれほど苦痛だったか、お前には分からないだろう」
湊の腕が、俺の腰を締め上げる。
彼はそのまま、俺の耳元で低く、そして愛おしそうに囁いた。
「……今夜も、寝かせないからな、悠真」
その声に、昨夜の記憶が鮮明に蘇り、俺の膝がガクンと震える。
「親友」だった頃の平穏な生活は、もう二度と戻ってこない。
だけど、この「危うい秘密」を共有しながら、誰にも見せない湊の顔を独り占めできることに、俺は抗いようのない喜びを感じていた。
カーテンの向こう側から聞こえていた寝言は、もう必要ない。
これからは、この腕の中で、何度も俺の名前を呼んでくれればいい。
「……俺も、……覚悟してるよ」
俺は振り向き、湊の首に腕を回して、自分から唇を重ねた。
ルームシェア一週間目。
俺たちの「秘密の生活」は、より深く、より甘く、加速していく。
大学へ向かう道すがら、俺の意識は昨日までの熱っぽい余韻と、目の前の「日常」とのギャップに激しく揺さぶられていた。
隣を歩く湊は、いつもと変わらない無機質な表情で前を見据えている。
だけど、すれ違う瞬間に、誰にも見えない位置で俺の指先に彼の指がかすめる。
ただそれだけのことが、電気に打たれたような衝撃を俺に与えた。
「……なぁ、湊。さっきから、わざとやってるだろ」
「何のことだ?」
湊は涼しい顔で答えるが、その耳の端がわずかに赤くなっているのを俺は見逃さない。
大学の正門をくぐった瞬間、俺たちは「適切な距離」を保つ。
それは昨日までの「親友」の距離ではなく、お互いの存在を強烈に意識しながらも、それを周囲に悟られないように必死で繕う、危うい境界線だった。
三限の空きコマ。俺たちはいつものように学食の隅で、それぞれの課題を広げていた。
そこに、嵐を呼ぶ男・佐々木がやってくる。
「よぉ、悠真、一ノ瀬! お前ら、先週のイルミネーションの目撃談、今でも女子の間で持ちきりだぞ」
「……またその話か、佐々木。いい加減にしてくれよ」
俺は必死でノートに目を落とすが、佐々木はニヤニヤしながら俺たちの顔を交互に覗き込んだ。
「いやさ、一ノ瀬の『大切な奴』が誰かってのもあるけどさ。最近のお前ら、なんか雰囲気が違うっていうか……。なんていうか、妙に『落ち着いてる』んだよな」
佐々木の何気ない一言に、俺の背中に冷たい汗が流れる。
鋭い。
こいつ、バカなふりをしていて、たまにこういう核心を突いてくる。
「……生活のリズムが整っただけだ。ルームシェアを始めたからな」
湊は一ミリも動揺を見せず、教科書をめくりながら答えた。
「へぇ……。ま、お前らが仲良いのは昔からだけどさ。悠真、お前も『大切な人』できたら教えろよ? ルームシェア解消なんてことになったら、俺が次に一ノ瀬の同居人に立候補するからな」
佐々木が冗談で俺の肩を叩く。
その瞬間、俺の隣で湊の空気が、一瞬で氷点下まで下がった。
湊は、佐々木の手が置かれた俺の肩を、無言で、そして射抜くような視線で睨みつけている。
「……佐々木。悠真に気安く触れるな。こいつは今、課題で集中しているんだ」
「お、おう……。なんだよ一ノ瀬、相変わらず過保護だな」
佐々木が引き気味に去っていった後、俺は大きくため息をついた。
「湊! お前、ちょっと独占欲が出すぎだろ。佐々木だって怪しんでたぞ」
「……あいつが、お前の肩に触れるのが気に入らないだけだ。俺以外の体温を、お前に残したくない」
湊はそう言うと、テーブルの下で俺の太ももをギュッと強く掴んだ。
「っ、……湊、ここ、学食だって!」
「分かっている。……だから、触れるだけで我慢してやっているんだ」
あいつの瞳は、冗談を言っているようには見えなかった。
昨日、俺のすべてを繋ぎ止めたあの夜の熱が、まだ湊の中で、そして俺の中で、燻り続けている。
夕暮れ。
大学からの帰り道、俺たちはスーパーで一週間分の食材を買い込んだ。
レジ袋を二つ提げて歩く帰り道は、どこにでもある普通の「同居人」に見えるだろう。
だけど、俺たちの間には、言葉にしなくても伝わる濃密な感情が満ちていた。
「……なぁ、湊。今日の夕飯、何にする?」
「お前の好きな、ハンバーグだ。……昨日の夜、体力を消耗しただろうからな」
「っ、……お前、そういうこと外で言うなよ!」
俺が真っ赤になって怒ると、湊は今日一番の柔らかい笑顔を見せた。
家に着き、玄関の鍵を開ける。
「ただいま」という言葉が、二人の声で重なった。
靴を脱ぎ、リビングに入った途端。
湊は買い物袋を床に置くと、背後から俺を包み込むように抱きしめた。
首筋に、湊の熱い唇が触れる。
「……湊、……まずは片付けようよ」
「嫌だ。……一日中、外でお前と距離を置かなきゃいけないのが、どれほど苦痛だったか、お前には分からないだろう」
湊の腕が、俺の腰を締め上げる。
彼はそのまま、俺の耳元で低く、そして愛おしそうに囁いた。
「……今夜も、寝かせないからな、悠真」
その声に、昨夜の記憶が鮮明に蘇り、俺の膝がガクンと震える。
「親友」だった頃の平穏な生活は、もう二度と戻ってこない。
だけど、この「危うい秘密」を共有しながら、誰にも見せない湊の顔を独り占めできることに、俺は抗いようのない喜びを感じていた。
カーテンの向こう側から聞こえていた寝言は、もう必要ない。
これからは、この腕の中で、何度も俺の名前を呼んでくれればいい。
「……俺も、……覚悟してるよ」
俺は振り向き、湊の首に腕を回して、自分から唇を重ねた。
ルームシェア一週間目。
俺たちの「秘密の生活」は、より深く、より甘く、加速していく。


