無愛想なルームメイトは、夢の中で俺に溺れている

暗闇の玄関先、カチリと鍵が閉まる音が、まるで世界の終わりと始まりを告げる合図のように響いた。    


外のイルミネーションの残像が、網膜の裏側でチカチカと明滅している。
けれど、今の俺にとってそんな光はどうでもよかった。
肺の奥まで入り込んでくる、湊の少し冷えたコートの匂いと、あいつ自身の熱い体温。それだけが、俺の全神経を支配していた。  

「……はぁ、……っ、湊」    

どちらからともなく重なった唇は、外での禁欲的な時間を埋めるように、ひどく貪欲で、深いものだった。
湊の舌が、俺の歯列をなぞり、奥まで侵入してくる。
鼻から抜ける湊の荒い吐息が、俺の理性をじりじりと削り取っていった。    


湊の手が、俺のコートを脱がせようと肩に掛かる。

「……悠真、……部屋に、行くぞ」    

掠れた、熱い声。俺は頷く余裕すらなく、湊のワイシャツの襟元を掴んで引き寄せた。  


リビングを通り過ぎ、二人の寝室へ。  


あの日、俺たちの間に引かれた境界線だった「カーテン」は、今は端に追いやられ、ただの布切れと化している。


ベッドに沈み込むと、湊の重みが全身にのしかかった。  


月明かりが窓から差し込み、湊の整った顔を青白く照らし出す。
その瞳には、昼間のクールな秀才の影など微塵もなかった。
ただ、一人の男としての、剥き出しの独占欲と愛情。  

「……ずっと、こうして、お前を俺だけで満たしたかった」

湊の指先が、俺のシャツのボタンを一つひとつ外していく。
指先が震えているのが分かった。  

「……湊、……お前、……手が、震えてる」

「……当たり前だ。……お前を前にして、平気でいられるわけがないだろ」    

湊は自嘲気味に笑うと、俺の首筋に顔を埋め、深く吸い込んだ。
くすぐったいような、だけど背筋がゾクゾクとするような感覚。  


俺だって、心臓が爆発しそうなほど速い。
自分の心音が、湊の身体を通じて跳ね返ってくるのが分かる。    


シャツがはだけ、肌と肌が直接触れ合う。  


湊の手のひらは、俺の脇腹を、背中を、まるで宝物を確かめるようにゆっくりとなぞり上げた。
その愛おしむような仕草に、俺の目の奥が熱くなる。  

「……俺、……湊のことが、……怖いぐらい好きだよ」    

俺の口から零れた言葉に、湊が動きを止めた。  


彼は顔を上げ、俺の瞳をじっと見つめた。
その瞳から、一滴、涙のような熱いものが俺の頬に落ちた気がした。  

「……悠真。……もう、どこへも行かせないからな。……夢の中でも、現実でも」    

その夜、俺たちは初めて、お互いのすべてをさらけ出した。  


不器用で、痛いくらいに必死で。  


湊の寝言で始まったこの不確かなルームシェアは、この夜、誰にも壊せない強固な「絆」へと変わっていった。


深夜。  


嵐のような時間の後、俺たちは一つの毛布に包まって、互いの鼓動を感じていた。  


湊の腕が俺の腰をしっかりと抱き寄せ、俺はあいつの胸板に顔を預けている。  

「……なぁ、湊」

「なんだ」

「……明日からの大学、どうするんだよ。……『世界で一番大切な奴』が隣にいる、なんて言っちゃって」    

湊は俺の髪を優しく撫でながら、満足げに鼻を鳴らした。

「構わない。……むしろ、あいつらにもう一度言ってやりたいぐらいだ。『俺の隣にいるのは、瀬戸悠真だ』ってな」

「……っ、絶対やめろよ! 本当に刺されるからな!」    

俺が慌てて抗議すると、湊はクツクツと低く笑った。  


その笑い声が胸に響いて、なんだか幸せすぎて、少しだけ怖くなる。  

「……でも、いいよ。……お前がそこまで言うなら、俺も、覚悟決めるわ」

「……覚悟?」

「……お前の『世界で一番』に、相応しい男になる覚悟だよ」    

俺の言葉に、湊が言葉を失ったように俺を抱きしめる力を強めた。  

「……悠真。……お前は、本当に……」    

言葉の続きは、再び重なった唇に溶けて消えた。  


窓の外では、冬の気配を含んだ風が吹き抜けている。  


けれど、この部屋の空気は、これまで生きてきた中で一番、甘くて熱かった。    


「友達」だった俺たちは、もうどこにもいない。  


ここにあるのは、ルームシェアという日常を舞台に、一生をかけて愛し合うと誓った、不器用な二人の恋の形だけだった。