「このスエットね、私が彼にプレゼントしたの。この部屋でゆっくり過ごしたいなぁって。ベッドを壁にもたれ掛かって、並んで座って、二人で映画見て。私は彼に肩を預けることしか出来なかったなぁ……」
 顔を上げれば、視線の先にはベッドとテレビを配置してあって、その間にはミニテーブルを置いてある。
 そこに二つ分のグラスを置き、彼はビール、私はノンアル。それをチミチミ飲みながら、ゆったり過ごす時間は……。

「じゃあ。アンタ、これ着るニャ?」
 目の前で呼び起こしていた幻影は、猫の冷めた声でガラガラと崩れていき、残ったのは手元にある真新しいスエットだけだった。
「そりゃ。……着れないけど」
「じゃあ、お世話なりましたニャ」
 アッケラカンと言い切り、咥えたのはゴミ袋。この中にポイっとしろってことらしい。

「これ、アンタ着たら、ずんぐりむっくりニャ。笑い、堪えられる自信ないニャ」
 顔色一つも変えずに、ハッキリ言われた悪口。
「誰が、ずんぐりむっくりだってぇー!」
 当然ながら、尖った目と口調でしっかり問い詰める。

「ニャアニャアニャア! 言ってないニャアー!」
 目をグワっと開け、首と右手をブンブンと振り否定する姿からは、どうにも嘘を言っているようには見えない。
 あれ? 被害妄想ってやつ?
 秋太りで体重が三キロ増えていた私は、どうにもこうにも、そうゆうことには敏感になってしまうんだよね。

「……あ、ごめ……」
「誰が? アンタだニャー!」
 私の懺悔の言葉を掻き消す、あまりにもキビキビとした声が部屋中に広がり、反響したと錯覚するように頭の中で何度も響き渡る。
 この、おマヌケ猫ー! クッキリハッキリ、聞こえてるんですけどぉー!

 逃げようとしている猫をとっ捕まえ、必殺ムニュムニュ攻撃をすると、「ごめんニャー!」と叫びながら身を捩らせ「ニャニャー!」と笑っている。
 どーだ、みたことか! とフンッと鼻を鳴らすも、頭に残るのは、ずんぐりむっくりの言葉だった。

 スエットを両手で広げると、明らかにサイズが合っておらず、私が履くと床掃除が出来てしまうだろう。
 そして余計に、ずんぐりむっくりに見え……。

「……お世話になりました」
 数回しか着ておらず状態も綺麗だったことから、資源ごみとして出そうと透明の袋にポイっと入れる。

 次に出てきたのは、奇抜な色をしたツナギのような服。バイクウェアだった。
 上から下まで眺める私を、口を抑えてニャアニャアと笑う仕草をする猫。
 ……ずんぐり、むっくり。

「いーだ」と言いたげな表情を猫にぶつけて、ウェアを透明袋に入れる。
 その他にも、ラフなTシャツ、ハーフズボン、バイク用の手袋。出てくる物が殆どが、使用されていない目新しいのばかりで、申し訳ないと思いつつ順々に捨てていく。

 するとパンパンだった透明の衣類ケースは空っぽになり、「あれ、入れるニャ」と猫が私の足にツンツンとしてくる。
 ミニテーブル付近に置きっぱなしになっていた、洗濯が終わった夏服や冷感シーツ。
 この押し入れを開かずの間にしてからの二年。
 衣替えしても片付ける場所がなくて、床にずっと置きっぱなしだった、その時に使用しない衣類。
 それを今、本来の収納場所だったところに、そっと戻す。

 部屋を見渡すと、ミニテーブルの下を陣取っていて、歩くたびに気を使わないといけない邪魔な物が、今はもうない。
 あれ? なんだかそれだけでも、スッキリしてない?
 なんだか心にかかっていたモヤまでもがスッと晴れたような気がした私は、「よし、やるぞ!」と床に散乱した雑誌に手をつける。

 だけど私の心は、雪が降る日の空の移り変わりのように激しくて。僅かに照らされたと思った気持ちは、また厚い雲に覆われて暗く澱んでしまう。

 だけどそんな自分を変えたくて、あえて雑誌をペラペラと捲り、ヒリヒリとする思い出に触れる。