「……いや、普通に何これ?」
 開かずの押し入れは開き、真ん中で仕切られている上段はスッキリしている。……まあ、それは床に散らばっているからなんだけど。
 散乱する物の中には雑誌や雑貨が溢れていて、私の胸はムダにキュッと締め付けられる。
 ……あれから、二年も経っているのにね。

「っていうか、猫はー?」
 首をブンブンと振り、周りをキョロキョロと見渡すもその影はなく、どこからか分からない場所から「助けろコール」が響く。
 
「……ここニャー!」
 足元から聞こえた声に下を見下ろすと、てんこ盛りになった雑誌はモソモソと動き、隙間から尻尾がクネクネと動く。
「ええっ! ちょっと、何やってんのー!」
「早く助けろニャ!」
 溢れた雑誌を掻き分けると猫は俊敏にそこから抜け出し、クルッと振り向いたかと思えば。
「殺ニャン事件が起こるところだったニャー!」
 シャアー! と爪の生えた手をビュンビュンと振り、尻尾がビイィィンと太くなる。

「そんなオーバーな! もー、余計に部屋散らかったじゃなーい!」
「詰め込む方が悪いニャ! 全部、丸ごと、ポイポイニャー!」
「だめぇー!」


 日が高く昇る頃、僅かに日照りがする部屋の中で、一人と一匹がストーブに当たる。

「ねぇ……」
「……何だニャ?」
「疲れるし、余計なエネルギー使わないことにしない?」
「同意ニャ……」
 一緒に「はぁー」と吐く息は重く、まだ何も始まってないのに。いや、余計に散らかってしまったというのに、HPは半分を切っていた。

 これ、今年中に片付くのぉ?
 今日は十二月二十日で、年越しまであと十一日。
 当然ながら仕事は二十八日まであるし、それまで私の気力体力は持つのだろうか?

 遠い目で物で溢れた部屋を眺めていると、猫がチョコチョコと歩き出し、「ニャンだこれ?」と転がっている金属のカケラを手でコロコローと転がす。

「あぁ、これ? バイクと言って、カッコいい乗り物の部品なんだよ」
 床に散らばった雑誌の表紙には大型バイクが写っており、これだと猫に差し出す。

「ニャ、ニャ。これバイクって名前なんだニャ。しっかしアンタには似合ってないニャ。猫に小判ってやつニャ〜」
「うるさっ! 大体、私のじゃないしー!」
 ヒョイと取り上げた雑誌に写っていたのはバイクだけでなく、それに跨る男性がサングラスをかけてキリッとした表情をしている。
 その姿がどことなく彼に似ていて、せっかく二年かけて作ったカサブタをベラっと剥がされたように、胸の奥より何かが溢れてくるような気がした。

「……ニャ? ニャンだ、これあるニャ。たしかここに、使わない服入れるニャ!」
 猫が指すのは、押し入れに置きっぱなしになっていたプラスチックのタンス。ミニテーブル横に置きっぱなしになっていた、夏服を片付けろって意味だろう。

 話を逸らそうとしてくれているのかな?
 ふふっと笑って猫の方に目をやると、猫は大ジャンプして押し入れの上段に飛び乗ったかと思えば、手を使って力よく衣類ケースを開けようとする。

「……えっ? ちょっと、危なっ……!」
「ニャアアアアアー!」
 衣類ケースが傾き倒れてくるも、幸いなことに猫の居た場所には直撃せず、はぁーと大きな溜息が溢れる。

「ウニャアー! 助けろニャー!」
 衣類ケースは当たらなかったけど、中に入っていた物まではどうにもならなかったようで、猫の頭上からドサドサドサと降り注いだ。
 結果、てんこ盛りになった衣類の中から、ピィーンとなった尻尾のみがフリフリとしている。

 ……この猫には、学習能力というものがないのだろうか?

 仕方がなく衣類を掻き分けると、いつも使っている柔軟剤の香りがフワッとして、それに混じって鼻につく大好きだった匂い。
 握っていた衣類を、思わず強く握り締めていた。

「ウニャアー! 連続殺ニャン事件だニャー!」
 私が握っていた衣類をポイっと投げ、肉球で膝をぺちぺちとしてくる。

「いや、生きてるし!」
「それはアタイの体が俊敏、ってやつだからニャ!」
「埋もれたくせに」
 次は私が口元を抑え、ププっと笑って見せる。
「うるさいニャ! これぜーんぶ、いらない物だニャ!」
 ニャニャニャニャニャニャっと言いながら、衣類に八つ当たりをするようにポイポイ投げる猫に、「……まだいるよ」と呟いた。

「ウニャア?」
「これ、……元彼の物なの」
「いつ、さよならしたニャ?」
「二年前」
「帰ってくるかニャ?」
「うーん、多分。ねぇ……」
 そんなの、分からないよ。
 そう思い唇をキュッと噛み締めると、猫までムニュと口を閉じて、尻尾がペタンと落ちる。

「あっ、なんか変な空気になっちゃったね! ぜんぜっん、気にしなくていいし!」
 眉を下げ、はははっと笑って見せる私。そんなこと言われても、困っちゃうよね。

「じゃあ、問題ないニャ。ポイっとニャ!」
 だけど、本当にぜんぜっん気にしていない猫は目を細め、ニコッと陽気をゴミ袋を広げ始める。

「いやいやいや! 帰ってくるかもしれないんだよっ!」
 ゴミ袋を猫からふんだくり、首をブンブンと振る。

 すると猫は私から目を逸らし、ノソノソと離れて行った。