「クルクルはニャアニャア」
 まず一番に言われたのは、玄関に置いてある扇風機だった。
 十二月にはいらないと言いたいようだけど、クルクルって……。本当に可愛いなぁー!
 目がトロンとなっていた私は、痛快な猫パンチを喰らい、ハッと現実に戻ってきた。

「うーん。そうなんだけど、片付ける場所がねぇ……」
「あるニャ!」
 猫がニャニャと右手で指す先は押し入れで、この部屋唯一の収納場所。

「あそこは開かずの間なの」
「開かニャイ? 仕方ないニャ。開けてやるニャ」
 トテテテと歩き出したかと思えば、右手を器用にコイコイとかけ、襖を開けようとする猫。

「ふぎゃああああああ! 待ってぇぇ!」
 猫をヒョイと持ち上げ、襖をパタンと締める。
 せ、セーフ。

「開くニャ?」
「本当に開かないんじゃなくて、開けないの!」
「何でニャ? さては、もっと散らかってんニャ」
 口元に肉球を押し当てニャニャと笑う猫は、側にあったゴミ袋をカサカサと鳴らす。

「そうじゃなくて……、まあ、あるけど。二年間開けてなかったんだよぉ、何か居るかもしれないじゃないー!」
 黒いアイツとか、チュウチュウ鳴くアイツとか。
 考えただけで、ブルブルっと身震いしてしまう。

「アンタの方が、体デカいのにニャア……」
「そうゆう問題じゃないの!」
「仕方がないニャ」
 猫は「ニャアー!」伸びを始め、手をブンブンと素振りを始める。
「腕がポキポキ鳴るニャ! アンタは下がっとくニャ。カリカリ買ってこいニャー!」
 目をギラギラさせた猫は、ハンターモードに切り替わる。
 そっか、猫だもんね。いや、でも頼むから獲物は持って来ないでよー!
 これから始まるかもしれない攻防戦に対して、私はコートを羽織ってスマホとエコバッグをポケットに入れ、そそくさとアパートから出て行く。


 徒歩五分で辿り着くのは近所のホームセンターで、以前キャットフードの試供品をもらったペットショップも並列している。
 ビシッと陳列されてある棚とは別に、テーブルに置かれてある小さな缶詰。
 いつものコリコリにその缶詰を手にした私は、スマホでピッと決済し、エコバッグにひょいひょいと詰めて店を後にする。

「ニンゲン、……けろ、ニャア……」
 薄っすら聞こえてくる声に、へぇー、喋る猫って他にも居るんだぁ、としみじみしながら道を歩く。
 だけどオンボロアパートの外壁が見えたぐらいに、「ニンゲン、助けろニャー!」とハッキリ声が聞こえた。

 ふぇ、猫なの! ちょっと、助けろって!
 まさか押し入れに居た獣の輩に、捕まってしまったのではないだろうかっ!
 バタバタと玄関に駆け寄り、焦る手で鍵をガチャガチャと開け、ドアをバンッと開ける。
「猫ー!」
 目の前で広がった光景は、私の予想を遥かに超えていた。