「すまほ、動き悪いニャ。じゃまニャ。ポイポイニャ」
「うん……。そうなんだけどねぇ……」
 スマホをスライドさせると過去の私は笑っていて、幸せな時間は確かにあった。

 彼は中途半端な人だったけど、悪い人ではなかった。
 仲間想いで、優しくて。ボケーとしてる私に対してイラッとすることもあっただろうに、それを態度に出さない人だった。
 私のオチのない話を笑って聞いてくれ、真奈美は可愛いなとか言って自信をつけてくれ、彼氏とか初めてでモジモジしている私を大切にしてくれた。
 だからこそ二年間、どんなに容量が重くても消せなかった。

「……これ外してニャ」
「えっ?」
 首をクイっと上げた猫が指すのは、ずっと大切にしてきた首輪。
 引きちぎれないようにそっと外して渡すと、猫はそれを咥えてテケテケ歩いて行き、捨てる予定だった燃えるゴミ袋にクイっと押し込んだ。

 その姿に胸が締め付けられた私は、スマホをスライドさせる。
[削除する]と表示されている場所を強く押し込む。
 元の写真一覧に戻ると、当たり前だけど彼の写真はなくなっていて、これで全てが終わったんだなっと、俯き大きく息を吐き出す。


「さあ、お片付け、お疲れ様会だよー!」
 満月が光る、大晦日の夜。
 ワンルームの部屋にはこたつが出ていて、一人と一匹はぬくぬくとしながら、ご飯を食べる。
 私は大好きなホカホカうどん、卵、天かすたっぷり。
 猫はカリカリ半分と、猫缶の中身を横に添えた。

「ウニャアー! こんなベチャべチャより、カリカリをよこせニャ!」
「まあまあ、お試しだと思って食べてみてよ」
 ブスッとした顔を浮かべつつ、ペロッと缶詰の中身を一口含むと、猫は固まった。

「……あ、合わなかったかなぁ?」
 申し訳ないと見つめていると、猫の口はモゴモゴモゴと三倍速に動きだした。

「何だ、これはニャ! しっとりしてて、噛むたびにクニャクニャして、魚の風味がして。ゴックンする喉通しは最高で、幸せいっぱいだニャアアアアアアー!」
 目を細めてウニューンとなり、次はコリコリを食べて、幸せだと騒ぐ。

 平和なやつだなぁ。
 そう思いながらうどんを啜ると、小麦の味がしっかりして、フワッと湯気が溢れるお出汁は温かくて、喉越しまで良くて、ポカポカとなるこの瞬間は幸せいっぱいだなあああああ!

 猫に毒されていると気付いた私はコホンッとし、チュルチュルとその味を堪能する。
 年末の夜。去年はこんな未来が来てくれるなんて、思いもしなかったな。

「あれ?」
 気付けば猫は静かになっていて、身を縮め丸くなり、スヤスヤと眠っていた。
 キャットフードのカケラを握り締めながら。

「ありがとう。疲れたよね?」
 ふふっと覗き込むと、ゴーンと鳴る除夜の鐘。

 来年はどんな年になるかな?

 そう思いながら、「ニャア……」と寝息を立てている猫に目を向ける。

 ───クロと一緒に居られますように。
 モフモフな頭を撫でて、ただそう願った。