「……まあ、アタイもアンタと同じニャ。だから、これが外せないニャ」
猫は首をクイっと上げ、絶対に見せないようにしていた首輪を私に見せてきた。
おそらく元は赤色だったであろう革の材質は、以前私が引っ張ったことにより脆くなっている。
「ごめんね……」
首輪を触ると、小さなプラスチックみたいな物がカランと揺れる。
動きが止まりまじまじと見つめると、それはプラスチックのネームプレートのようで、「クロ」とかろうじて読めた。
「……あなたも私も、中途半端に投げ出されているよね」
猫が大切にしていた首輪に触れ、思わず力が抜けてしまった。
こんな物、今だに大事にしているなんて。なんか、許せなくて。
その人間は、残酷な嘘を吐いた。
その嘘は猫を傷付けないためじゃない、自分を守るための嘘。自分は猫を捨てていないと、言い訳するために。
それは彼も同じなんだよね。
別の女性を好きになったから、別れてほしい。そんな言葉の一つもなく、私と向き合わず、悪者にもならずに彼は逃げた。
楽な方に。残される側の気持ちも考えず。
「ハッキリ言わずに逃げるのって、ズルいよね……。そんなことされたら、残された側はどうしたら良いか分かんないし。怒ることも泣くことも出来なくて、前に進めないじゃない。いい人ぶって逃げるのって、ある意味一番やっちゃいけないことだよねぇ……」
私の言葉を黙って聞いていた猫は、目を細めて窓からの景色をただ眺める。
猫は何年、飼い主を待っていたのだろうか?
迎えに来ないと分かっていた飼い主を。
それを知っているのは、この首輪だけだろう。
色は褪せ、脆く、ネームプレートはかろうじて読めるぐらいに黒く汚れてしまっていた物。
おそらく私より、長い月日を費やしてしまったのだろう。
人間より寿命が短いのに、大切な時間を。
私たちは、曖昧に扱う相手を待ち続けてしまった。
優しかった記憶に縋って。
過ぎていった時間は戻って来ないし、当たり前だけど一日が過ぎるごとに自分の残り時間は少なくなっていく。
そんなこと、これからも続けるの?
時間は有限だよ?
後悔しても遅いんだよ?
それが、人生なんだから。
「ねぇ、一緒にポイって捨ててしまわない? 物も、思い出も」
それを聞いた猫は目を大きく開き、そっと逸らす。
「あ、そうだよね。捨てなくて良いよ。一緒に暮らしてくれなくて良い。……でも、お友達はダメかな? こんなにハッキリ物事言えるの、猫だけなんだよねぇ」
ふぅっと大きく溜息が出てくる喉は限界で、むしろよくここまで話ができたなと感心してしまうぐらいだった。
目を逸らす瞳が、何を言いたいかなんて分かってるよ。
でもね、私は。
私は最後に彼と会った日、別れたいんじゃないかと聞いた。
もう黙っているのも限界で、白黒ハッキリさせたかったんだ。
でもその時に彼は、優しい笑顔で「真奈美が好きだ」と言った。
そしてその後、連絡が取れなくなった。
今思うと、あの言葉はその場を取り繕うための嘘で、だからこの部屋に物を置いて、姿を消したのだろう。
大切なバイク雑誌や、彼女からもらった初デートの写真。それらを置いていくぐらいに、私と後始末をつけるのがめんどくさかったんだ。
だから笑って、平然と嘘を吐いて、姿を消した彼。
怖い、軽く嘘吐ける感覚が。笑って、気持ちもない相手に好きだと言ってしまえる神経が。
だから嘘をつけない方が、よっぽど良いな。正直な、アナタの方が。
「まあ片付けたら、一緒に居てやっても良いニャ」
ぬるくなったタオルを冷やしに行ってくれて、額にペタッと貼りながら、猫はボソッと呟いた。
「手伝ってくれるよね?」
話過ぎたせいか熱がまた上がってきたみたいで、はぁっと大きく息を吐く。
「風邪を治したらニャン!」
軽い猫パンチを頬に受け、濡れた肉球が冷たくて気持ちいい。
病気した時に誰かが側に居てくれるなんて、どれぐらい振りなんだろう?
そんなことを思いながら、いつの間にかウトウトと眠っていた。
猫は首をクイっと上げ、絶対に見せないようにしていた首輪を私に見せてきた。
おそらく元は赤色だったであろう革の材質は、以前私が引っ張ったことにより脆くなっている。
「ごめんね……」
首輪を触ると、小さなプラスチックみたいな物がカランと揺れる。
動きが止まりまじまじと見つめると、それはプラスチックのネームプレートのようで、「クロ」とかろうじて読めた。
「……あなたも私も、中途半端に投げ出されているよね」
猫が大切にしていた首輪に触れ、思わず力が抜けてしまった。
こんな物、今だに大事にしているなんて。なんか、許せなくて。
その人間は、残酷な嘘を吐いた。
その嘘は猫を傷付けないためじゃない、自分を守るための嘘。自分は猫を捨てていないと、言い訳するために。
それは彼も同じなんだよね。
別の女性を好きになったから、別れてほしい。そんな言葉の一つもなく、私と向き合わず、悪者にもならずに彼は逃げた。
楽な方に。残される側の気持ちも考えず。
「ハッキリ言わずに逃げるのって、ズルいよね……。そんなことされたら、残された側はどうしたら良いか分かんないし。怒ることも泣くことも出来なくて、前に進めないじゃない。いい人ぶって逃げるのって、ある意味一番やっちゃいけないことだよねぇ……」
私の言葉を黙って聞いていた猫は、目を細めて窓からの景色をただ眺める。
猫は何年、飼い主を待っていたのだろうか?
迎えに来ないと分かっていた飼い主を。
それを知っているのは、この首輪だけだろう。
色は褪せ、脆く、ネームプレートはかろうじて読めるぐらいに黒く汚れてしまっていた物。
おそらく私より、長い月日を費やしてしまったのだろう。
人間より寿命が短いのに、大切な時間を。
私たちは、曖昧に扱う相手を待ち続けてしまった。
優しかった記憶に縋って。
過ぎていった時間は戻って来ないし、当たり前だけど一日が過ぎるごとに自分の残り時間は少なくなっていく。
そんなこと、これからも続けるの?
時間は有限だよ?
後悔しても遅いんだよ?
それが、人生なんだから。
「ねぇ、一緒にポイって捨ててしまわない? 物も、思い出も」
それを聞いた猫は目を大きく開き、そっと逸らす。
「あ、そうだよね。捨てなくて良いよ。一緒に暮らしてくれなくて良い。……でも、お友達はダメかな? こんなにハッキリ物事言えるの、猫だけなんだよねぇ」
ふぅっと大きく溜息が出てくる喉は限界で、むしろよくここまで話ができたなと感心してしまうぐらいだった。
目を逸らす瞳が、何を言いたいかなんて分かってるよ。
でもね、私は。
私は最後に彼と会った日、別れたいんじゃないかと聞いた。
もう黙っているのも限界で、白黒ハッキリさせたかったんだ。
でもその時に彼は、優しい笑顔で「真奈美が好きだ」と言った。
そしてその後、連絡が取れなくなった。
今思うと、あの言葉はその場を取り繕うための嘘で、だからこの部屋に物を置いて、姿を消したのだろう。
大切なバイク雑誌や、彼女からもらった初デートの写真。それらを置いていくぐらいに、私と後始末をつけるのがめんどくさかったんだ。
だから笑って、平然と嘘を吐いて、姿を消した彼。
怖い、軽く嘘吐ける感覚が。笑って、気持ちもない相手に好きだと言ってしまえる神経が。
だから嘘をつけない方が、よっぽど良いな。正直な、アナタの方が。
「まあ片付けたら、一緒に居てやっても良いニャ」
ぬるくなったタオルを冷やしに行ってくれて、額にペタッと貼りながら、猫はボソッと呟いた。
「手伝ってくれるよね?」
話過ぎたせいか熱がまた上がってきたみたいで、はぁっと大きく息を吐く。
「風邪を治したらニャン!」
軽い猫パンチを頬に受け、濡れた肉球が冷たくて気持ちいい。
病気した時に誰かが側に居てくれるなんて、どれぐらい振りなんだろう?
そんなことを思いながら、いつの間にかウトウトと眠っていた。



